調停の日
調停の日、当日。
朝は、思ったよりも静かに明けた。
「……よく眠れなかった」
レナが、目をこすりながら言う。
「私も」
ティナも、小さく頷く。
普段より早く目が覚めてしまい、四人とも、朝食もあまり喉を通らなかった。
「無理に食べなくていい」
ユノが言う。
「けど、水分だけは、しっかり摂っておけ」
支度は、昨日のうちに整えてある。
貸衣装屋で選んだ衣装に、一人ずつ着替えていく。
鏡の前で、レナが小さく息を吐いた。
「……なんか、別人みたい」
「似合ってるよ」
ティナが、静かに言う。
彼女自身も、昨日と同じ衣装に袖を通していた。
儀式めいた記憶と、今この瞬間が、重なっているのかもしれない。
ユノは、上着の襟を整えながら、鏡越しに自分の姿を見た。
普段の旅装束とは違う、少し硬い服。
だが、不思議と、覚悟が定まっていく感覚があった。
「時間だ」
三人に声をかける。
ラグナルとウールに、最後に目を向けた。
「留守番、頼むぞ」
ラグナルは、まだ少し不満げだったが、大人しく頷くように鳴いた。
ウールは、ふわりと浮かび、四人の頭上を一周してから、静かに部屋の隅に戻っていった。
宿を出ると、待ち合わせ場所に、ガインが立っていた。
彼もまた、いつもより整った服装をしている。
「……珍しいな、その格好」
ユノが軽く言うと、ガインは肩をすくめた。
「柄じゃないが、こういう時は仕方ない」
四人を見渡し、小さく頷く。
「準備は、いいな」
「ああ」
商業ギルド本部へ向かう道は、昨日までとは違う空気が流れていた。
普段より、行き交う人々の数が多い。
みな、どこか改まった様子だった。
「今日は、街全体が、少し違う顔をしてる」
ガインが、歩きながら言う。
「調停の日は、商業ギルドにとって、一年で一番大きな行事だ」
「派閥同士が、表立って顔を合わせる、数少ない機会でもある」
本部の正面に着くと、その荘厳さに、レナが思わず息を呑んだ。
石造りの巨大な門。
両脇に、彫刻の施された柱。
守衛が、丁寧に、しかし厳しい目で、出入りする人々を確認している。
「……大丈夫かな、私たち」
「大丈夫だ」
ガインが、先に立って歩き出す。
「モイストの客分として、話は通してある」
守衛の前に立つと、ガインが短くやり取りをする。
名簿と照らし合わせ、頷いた守衛が、道を開けた。
「……通れた」
レナが、小さく息を吐く。
門をくぐると、広い前庭が広がっていた。
すでに、多くの人が集まっている。
赤、青、黒――それぞれの腕章をつけた人々が、それぞれの陣営で固まっていた。
ユノは、その中に、一際目を引く一団を見つけた。
黒の腕章の中心に、静かに立つ男。
セファル・オルグレン。
護衛たちに囲まれながらも、その存在感は際立っていた。
視線が、一瞬、こちらを向いた気がした。
「……始まるな」
ガインの声が、低く響いた。
大広間へと続く、大きな扉が、ゆっくりと開かれようとしていた。




