朝の騒動
ラズベリア村に着いたのは、夕方だった。
赤く染まった空の下、木でできた家々が並んでいる。
規模は俺たちの村とあまり変わらない。どこか、少しだけ安心する光景だった。
「思ったより普通の村だな」
「うん。ちょっと安心したかも」
レナがほっとしたように息を吐く。
村に足を踏み入れると、何人かの大人たちがこちらを見た。
「旅人かい?」
「はい。始まりの村から来ました」
そう答えると、男は少し驚いた顔をした。
「ああ、あの村か。ここからだと半日くらいだな」
「この辺りは穏やかだから安心しな」
穏やかな口調だった。
「……その子たち、相棒か?」
視線がラグナルとウールに向く。
「はい」
「珍しい組み合わせだな」
そう言って、軽く笑う。
「……冒険者かい?」
「一応、そうです」
少し迷ったが、そう答えた。すると、周りの空気が少しだけ変わる。
「若いのに大したもんだ」
「この辺は平和だけど、油断すんなよ」
「頑張れ」
口々に言われて、ちょっと冒険者という言葉が誇らしくなった。
でも、その言葉は少しだけ胸に残った。
教えてもらった食堂に入る。
木の扉を押すと、温かい空気と香りが一気に広がった。
「いらっしゃい」
席に座ると恰幅の良いおばさんが
「うちはそんなに料理の種類がないんだ。ごめんね。ただ味は保証するから。」
すぐに料理が運ばれてくる。
木の皿に盛られた、淡い色の煮込み料理。
湯気が立ち上り、ほんのり甘い香りがする。
「ミルクートの煮込みだよ」
スプーンを入れると、柔らかく崩れた。
一口。
「……うまい」
思わず声が出る。
優しい味だ。野菜の個性が生きてる上でそれをミルクートが丸い甘味で包んでいる。じんわりと体に染みてくて体を包み込んでくれる。疲れが消えてゆく。
「ほんとだ……美味しい」
レナも目を丸くしている。
付け合わせの白麦パンをちぎる。外側はカリッとしているが中は絹のように白くふわふわだ。中から湯気が出てくる。
白麦パンを煮込みにつけると、これでもかと染み込み口に頬張るとたまらず笑みが溢れる。
歩き続けた体が、それを求めていたみたいだった。
足元ではウールが丸くなり、ラグナルはテーブルの端で静かにしている。
「お前らも食べないとな」
新たに小さい小皿を受け取りウールとラグナル、モチ用に取り分ける。
皆満足そうに食べている。
ふと、壁に目がいった。端の方に、小さな紙が貼ってある。
『グラスラット出没 注意』
「……グラスラット」
思わず呟く。
「この辺り、出るんだね」
レナも気づいたらしい。でも、周りの客は誰も気にしていない。
たまに出るくらいでそんなに気にしなくても良いのだろう。
「……まあ、さっきのよりは強そうだな」
「うん……」
軽く言いながらも、少しだけ意識に残った。
宿を借りて、部屋に入る。
「じゃあ、また明日」
「おう」
自然と別々の部屋になる。一人になると、急に静かになった。
ベッドに腰を下ろすと、体の重さを一気に感じる。
「……疲れたな」
ラグナルがベッドの上に丸まり、ウールもその隣に収まる。
どちらも、何も言わない。ただそこにいるだけだ。
「……これから、どうなるんだろうな。一緒に強くなっていこうな。」
小さく呟く。
答えは返ってこない。もう寝ているみたいだ。
ユノも目を閉じると、すぐに眠りに落ちた。
朝。
外のざわめきで目が覚めた。
窓の外を見ると、人が集まっている。
「……何だ?」
急いで外に出る。
「どうしたんですか?」
近くの男に声をかける。
「ああ、子供がな……」
指差された先を見る。小さな子供が座り込んで、腕を押さえて泣いていた。
「大丈夫か?」
近づいて見ると、浅い引っかき傷だった。
「グラスラットだろうな」
「外で遊んでたらしい」
母親が慌てて傷を拭いている。命に関わるようなものじゃない。
昨日、俺たちが見た張り紙。
胸の奥が、少しだけざわつく。
「ユノ……?」
レナが心配そうに顔を覗き込む。ユノは小さく息を吐いた。
「……このくらい、なんとかできないとダメだな」
「え?」
「冒険者なら」
まだ何もできてない。ラグナルもウールも、戦い方は分からない。
「このまま見てるだけってのも、違う気がする」
自然と、そう口にしていた。レナは少しだけ驚いた顔をして、それから小さくうなずいた。
「……うん」
朝の光が、ゆっくりと村を照らしていく。




