ラズベリアへの道
村を出てから、しばらく歩いた。
最初は振り返れば見えていた家々も、今はもう影もない。見慣れた景色が、少しずつ遠ざかっていく。
「……ほんとに、来ちゃったね」
隣でレナがぽつりと呟いた。
「お前が追いかけてきたんだろ」
「そうだけど……」
小さく笑う。その笑いは少しだけぎこちない。風が草を揺らす音だけが、しばらく続いた。
足元では白いもふもふがぴょこぴょことついてきて、肩の上ではトカゲが静かに丸まっている。
「……名前、決めたの?」
レナが俺のトカゲを見上げながら聞いた。
「ああ。こいつはラグナル」
「ラグナル……なんか強そうな名前」
「見た目は全然だけどな」
そう言うと、ラグナルが小さく「キュ」と鳴いて、不満そうにも見えるその声に思わず少し笑う。
「じゃあこっちは?」
レナがしゃがみ込んで、もふもふに手を伸ばす。
「そっちはウール」
「ウール……かわいい」
ウールはふるふると揺れて、それから当然みたいにレナの指にすり寄った。
「私のはモチ」
レナの腕の中で、ツノウサギがぴょんと跳ねる。
「モチって……」
「いいでしょ、柔らかそうだから」
確かに、見た目はそれっぽい。丸くて、ふわふわしている。
少しだけ、空気が軽くなった気がした。しばらく歩いたあと、ふと口を開く。
「……本当にいいのかよ」
「何が?」
「村出てきて。宿屋、継ぐんだろ」
レナは少しだけ考えて、それから前を向いたまま答えた。
「……あとでもできるよ」
「でも」
「ユノと一緒にいたいから」
あっさりと、そう言われて、言葉が詰まる。
からかわれている感じでも、冗談でもない。ただそのままの声だった。
「……なんだよそれ」
「別に」
レナは小さく笑って、歩く速度を少しだけ上げた。
「ほら、次の村ってあっちでしょ」
遠くに、小さな屋根が見え始めている。
あそこがラズベリア村だ。
そのときだった。草むらが、かすかに揺れた。
「……止まれ」
思わず声が出る。
「え?」
「今、何か――」
もう一度、草が揺れる。
次の瞬間、小さな影が飛び出してきた。
「うわっ!?」
反射的に後ろに下がる。
それは、葉っぱのような模様をした小さな生き物だった。丸い体に、緑と茶色が混ざったような色。ぱっと見では草にしか見えない。
「なにこれ……」
「ギタリーフ……?」
レナが戸惑った声を出す。聞いたことはある。草むらに紛れる、小型の魔物。
目の前のそれは、低く鳴きながらこちらを睨んでいた。強そうには見えない。
「どうする……?」
「どうするって……!」
考えてる余裕はなかった。近くに落ちていた枝を掴む。ギタリーフが、ぴょんと跳ねた。
「来るぞ!」
反射的に振り下ろす。
――外れた。
「え、速っ……!」
大した速さじゃない。でも、予想してなかった動きに体がついていかない。
ギタリーフは距離を取り、またじっとこちらを見ている。
「……これ、どうすればいいの」
「分かるかよ!」
今度は向こうが飛びかかってきた。
「くっ……!」
とっさに棒を横に振る。
――当たった。
軽い手応え。ギタリーフはそのまま地面に転がった。少しだけ動いて、それから静かになる。
「……」
「……倒せた?」
「……たぶん」
しばらく、誰も動かなかった。
風の音だけが戻ってくる。
「……めっちゃ怖かったな」
「うん……」
お互い、顔を見合わせる。
強くもなんともない。
でも、確かに“怖かった”。
肩の上のラグナルは、じっとそれを見ているだけだった。
足元のウールも、少し離れた位置で静かにしている。
「……こいつら、動かないんだな」
ぽつりと呟く。
当然だ。生まれたばかりで、戦い方なんて分かるはずがない。
「……どうやって戦うんだろうね」
レナも同じことを考えていたらしい。
「さあな」
答えは出ない。
でも――
「……まあ、俺たちがなんとかするしかないか」
そう言うと、レナが小さく笑った。
「だね」
⸻
再び歩き出す。
さっきより、少しだけ足取りがしっかりしていた。
遠くに見えていた村が、だんだん大きくなる。
「……あれがラズベリア村か」
「うん」
まだ何もできない。
弱いし、不安もある。
「行こう」
「うん」
最初の目的地は、すぐそこだった。




