遅れてきたもの
「俺は――冒険者になる」
言い切った瞬間、広場の空気がわずかに揺れた気がした。
珍しい進路なのに同じ日に2人もいたからだろう。ざわめきが小さく広がる。それでも、もう迷いはなかった。
神官が静かにうなずき、俺の前に卵を差し出す。
「受け取りなさい」
両手でそれを受け取る。
白く、温かい。手のひらの中でかすかに脈打っているのが分かった。
周囲の視線が、自然と集まってくる。
……来るはずだ。みんなそうだった。
卵を抱えた瞬間、すぐに殻が割れて、中から相棒が生まれる。
レナも、ガイルも、他のみんなもそうだった。
――なのに。
待っても、何も起こらなかった。
「……あれ?」
誰かが小さく呟く。
さらに数秒。
それでも、卵は静かなままだった。
「遅くないか?」
「もう出てきてもいいはずだろ」
「まさか……」
ひそひそと声が広がる。
嫌な汗が背中を伝った。
落ち着け、と自分に言い聞かせる。
個体差はある。そういう話も聞いたことがある。
――そのとき。
ぴしり、と小さな音がした。
「!」
卵の表面に細い亀裂が走る。
思わず息を止めた。
ぱきり、と殻が割れた。
中から出てきたのは――
「……トカゲ?」
誰かの声が、その場の空気をそのまま言葉にした。
手のひらに収まるほどの、小さな黒い生き物。
翼も角もなく、特別な輝きもない。ただのトカゲにしか見えない。
それはゆっくりと身を起こし、のそのそと俺の腕を登ってくる。
そして肩の上で丸くなり、小さく鳴いた。
「キュ」
……なんだこれ。
一瞬、思考が止まる。
直後、広場に笑いが広がった。
「ガイルはライオンで、ユノはトカゲかよ」
「ずいぶん地味だな」
「外れじゃね?」
分かっていたはずなのに、胸の奥がちくりと痛んだ。
言い返そうとして――やめた。
何を言っても、今のこいつを見れば説得力はない。
そのときだった。
ぱき、ともう一度音がした。
「……え?」
視線が、俺の手の中に残った殻へ向く。
まだ、動いている。
もぞり、と中から何かが顔を出した。
白い。
小さい。
丸い。
「……何だそれ」
誰かが困惑した声を出す。
それはふわふわとした白い塊だった。
耳のようなものがある気もするし、ない気もする。目らしきものもある。たぶん。
とにかく――よく分からない。
その白いもふもふは、ぴょこんと跳ねると、俺の足元に落ちた。
そして当然のように、すり寄ってくる。
「……二体目?」
「そんなの聞いたことないぞ」
「それ、相棒なのか?」
ざわめきの質が変わる。
笑いと困惑が混じり合っていた。
神官でさえ、眉をひそめている。
「……前例がありません」
ぽつりと、そんな言葉が落ちた。
つまり、誰も分からないってことだ。
トカゲは俺の肩でじっとしている。
白もふは足元でくっついて離れない。
……まあ、いいか。
なぜか、そう思えた。
どんな形でも、こいつらは俺のところに来た。
それだけは確かだった。
⸻
義が終わったあと、俺たちはそれぞれ家へ戻った。
帰り道でも、何度かからかわれた。
「そのトカゲ、ちゃんと役に立つのかよ」
「白いやつ、ペットじゃないのか?」
笑われるのは、正直気分がいいものじゃない。
でも、不思議と怒りは湧かなかった。
肩の上のトカゲが、時々小さく鳴く。
足元のもふもふが、ぴょこぴょこついてくる。
……かわいい。
家に戻ると、母さんがすぐに気づいた。
「……あら」
視線が、俺の肩と足元に向く。
「ずいぶん個性的ね」
「笑わないのかよ」
「なんで? あなたの相棒でしょ」
あっさりしたものだった。
父さんは椅子に座ったまま、じっとこちらを見ている。
「それで、どうする」
「どうするって?」
「村に残るのか、それとも出るのか」
まっすぐな問いだった。
少しだけ間を置いて、俺は答える。
「出る。冒険者になる」
母さんが小さく笑った。
「やっぱりね」
「……やっぱり?」
「血は争えないってこと」
その言葉に、思わず首をかしげる。
「父さん、昔は有名な冒険者だったのよ」
「……は?」
初耳だった。
驚いて父さんを見ると、少しだけ気まずそうに目をそらす。
「昔の話だ」
「なんで言わなかったんだよ」
「必要なかったからだ」
それだけ言って、父さんは立ち上がった。
「行くなら、自分で決めた道を進め。中途半端は許さん」
「……分かってる」
短い言葉だったけど、重かった。
その夜、荷物をまとめた。
剣はまだない。道具も最低限だ。
正直、準備が整っているとは言えない。
でも、行くしかない。
布団に入ると、トカゲが胸の上に乗ってきた。
白もふは、いつの間にか枕の横にいた。
「……お前ら、ついてくるんだよな」
小さく呟くと、トカゲが「キュ」と鳴いた。
それを聞きながら、ゆっくりと目を閉じる。
明日から、全部が変わる。
翌朝。
まだ陽が昇りきらないうちに、家を出た。
「行ってきます」
振り返ると、母さんが手を振っている。
父さんは腕を組んだまま、何も言わなかった。
でも、その目だけはしっかりこちらを見ていた。
村の外れまで歩く。
ガイルはもう出たと誰かが言っていた。あいつらしい。
肩には黒いトカゲ。
足元には白いもふもふ。
――不安しかない。
それでも、一歩を踏み出した。
「……よし」
そのとき。
「待って!」
背後から声が響いた。
振り返ると、レナが全力で走ってきていた。
息を切らしながら、俺の前で止まる。
「レナ?」
その姿を見て、思わず言葉を失う。
背中には、旅の荷物が背負われていた。
「私も行く」
「……は?」
「宿屋は、あとでも継げる」
まっすぐな目で、俺を見る。
「私、あなたと一緒に冒険したい」
朝日が昇り始めていた。
村の外の世界へ続く道が、光に照らされる。
――こうして。
俺の冒険は、思っていたよりもずっと賑やかに始まった




