始まりの日
まだ外は薄暗かった。
布団の中で目を閉じたまま、俺は何度も寝返りを打っていた。眠れないわけじゃない。ただ、目を開けたら今日が始まってしまう気がして、なんとなくその瞬間を引き延ばしていた。
「――ユノ、起きなさい」
母さんの声が、戸の向こうから聞こえてくる。
「もう起きてるよ……」
そう返しながら、ようやく体を起こした。窓の外はほんのり明るくなり始めている。村の空気も、どこかいつもと違う気がした。
「今日は何の日か分かってるでしょ?」
戸を開けて入ってきた母さんが、呆れたように言う。
「分かってるよ。成人の義だろ」
「“だろ”じゃないわよ。あんたの人生が決まる日なんだから」
大げさだな、と言いかけて、やめた。
実際、その通りだからだ。
この世界では、十六歳で成人になる。
そしてその日に行われる成人の義で、これからの生き方と――相棒となる存在が決まる。
「朝ごはんできてるから、早く来なさい」
母さんはそう言って台所へ戻っていった。
顔を洗ってから席に着くと、もう父さんが先に食べていた。相変わらず無口で、こっちをちらりと見るだけだ。
「……緊張してるの?」
母さんがパンを置きながら聞いてくる。
「別に」
「嘘ね。顔に出てるわよ」
そんなこと言われても、どうしようもない。
緊張していないと言えば嘘になるし、だからといってどうにもできない。
「ユノ」
そのとき、父さんが低い声で呼んだ。
「なんだよ」
「自分で決めろ」
「……分かってる」
短い会話だった。
でも、それで十分だった。
パンをかじりながら、ぼんやりと考える。
村に残るか、それとも外に出るか。
答えはもう決まっていた。
家を出ると、朝の空気がひんやりと頬をなでた。
「ユノ!」
遠くから声が飛んでくる。振り向くと、レナが手を振っていた。隣にはガイルもいる。
「遅いぞ」
「まだ時間あるだろ」
「でももうみんな集まってるってさ」
レナが少し早口で言う。緊張してるのが丸分かりだった。
「レナこそ大丈夫か?」
「だ、大丈夫だよ!」
全然大丈夫そうに見えないけどな。
ガイルはそんな様子を見て笑っている。
「お前ら、どんな相棒出るか楽しみじゃね?」
「そりゃな」
「俺は絶対、強いやつ引くからな。で、そのまま冒険者になって――」
「はいはい」
いつもの調子だ。
でも、こいつがこうしてると、少しだけ安心する。
三人で並んで、村の広場へ向かう。
道の途中でも、同じ年のやつらが次々と合流してきた。
「おー、ユノ!」
「ガイル、今日どうするんだよ?」
「レナ、緊張してる?」
気づけば、いつものメンバーが揃っていた。
六人。子供の頃からずっと一緒に遊んできた顔ぶれだ。
今日で、たぶん少しだけ関係が変わる。
⸻
広場には、すでに村の人たちが集まっていた。
中央には石で組まれた祭壇。そこに村長と神官が立っている。
周りには大人たちが円を描くように並び、俺たちを見ていた。
いつも遊んでいる場所なのに、まるで別の場所みたいだった。
「……来たな」
神官がゆっくりと口を開く。
「本日、ここに集いし者たちは、成人の義を受ける資格を持つ」
静かな声が、広場に広がっていく。
「これより、各々が進む道を宣言し、加護の卵を授かる」
ごくり、と誰かが唾を飲み込んだ音が聞こえた。
「呼ばれた者から、前へ」
最初の一人が名前を呼ばれる。
そいつは一歩前に出て、自分の進む道を宣言した。
職人。農家。商人。宿屋。
一人ずつ、順番に。
宣言を終えるたびに、卵が手渡される。
そして――
ぱきり、と殻が割れる。
小さな獣が生まれるたびに、歓声が上がった。
「すげえ……」
「見ろよ、あれ」
炎のようなたてがみの獣。
草色の羽を持つ鳥。
ころんとした山羊。
どれも、その人間に似合っている気がした。
次は、レナの名前が呼ばれた。
レナは小さく息を吸って、前に出る。
「わ、私は……宿屋を継ぎます」
声は少し震えていたけど、ちゃんと届いた。
卵を受け取る。
次の瞬間――殻が割れた。
「……!」
現れたのは、金色の毛並みの小さな獣。
頭には小さな角が生えている。
「ツノウサギだ!」
「すごいじゃん!」
周りが一気にざわめく。
レナは目を丸くして、それから嬉しそうに笑った。
その視線が、一瞬だけ俺に向く。
⸻
次に呼ばれたのは、ガイルだった。
「俺は冒険者になる!」
広場に笑いが起こる。
でもすぐに、それは驚きに変わった。
卵が割れ、中から飛び出したのは――
「ライオン!?」
まだ子供だけど、確かにそれはライオンだった。
燃えるようなたてがみが、朝日にきらめく。
「やっぱりな!」
ガイルは満足そうに笑った。
「見たか、ユノ! これで勝ち確だな!」
「何の勝負だよ」
でも、正直すごいと思った。
そして――
「ユノ」
名前が呼ばれる。
胸の奥が、少しだけ強く脈打った。
俺は一歩、前に出る。
視線が集まるのを感じながら、口を開いた。
「俺は――」
その言葉の先に続く未来を、思い描きながら。




