逃げた夜
その日の夕方。
太陽がゆっくりと傾き、空が橙に染まり始めていた。
ユノたちは野宿の準備をしていた。
「ここでいいか」
「うん、少し開けてるし」
枯れ枝を集め、火を起こす。
火打ち石を打つ音が響き、やがて小さな炎が生まれる。
パチパチと、乾いた音が夜に溶けていく。
三人は自然と、その周りに座った。
モチはレナの隣で丸まり、ラグナルは炎をじっと見つめている。
ウールは少し離れたところで、静かに浮かんでいた。
ほんのわずかに、地面から離れて。
「……浮いてるな」
ユノがぼそりと言う。
「うん……昨日より、ちょっと高い」
レナが苦笑する。
ウールは何事もないように、ゆらゆらと揺れている。
その横で、ティナがじっとそれを見ていた。
「……やっぱり」
小さく呟く。
だが、それ以上は何も言わない。
しばらく、静かな時間が流れる。
火の音と、風の音だけが響く。
その静けさが、どこか心地よかった。
「……ねえ」
レナが、少しだけ柔らかい声で言う。
「ティナのこと、もう少し聞いてもいい?」
ティナの肩が、わずかに揺れた。
すぐには答えない。
断られても仕方ないと思った。
だが。
「……うん」
小さく、うなずいた。
火を見つめたまま、ゆっくりと話し始める。
「……森にいたの」
短い言葉。
それでも、その先が想像できた。
「……急に、人が来て」
少しだけ間が空く。
「……捕まった」
その一言で、十分だった。
レナは何も言わない。
ユノも、ただ静かに聞いている。
「……逃げようとしたけど」
「……無理だった」
手が、ほんの少し震えている。
ティナは気づいていない。
「……連れていかれる途中で」
ゆっくりと顔を上げる。
炎の光が、その瞳に映る。
「……あの人が来た」
ユノの目が、わずかに細くなる。
「……一人だった」
「……すごく無茶してた」
困ったように、ほんの少しだけ笑う。
「……でも」
少しだけ、間を置く。
「……強かった」
ユノは何も言わない。
だが、その言葉だけで十分だった。
「あいつだな」と、心の中で確信する。
「……そのあと」
ティナの声が少しだけ弱くなる。
「……逃げてって言われた」
火を見つめる。
その視線は、どこか遠い。
「……振り返ったら」
言葉が止まる。
しばらく、音が消えたように静かになる。
「……もう、見えなかった」
風が、火を揺らす。
レナが、そっと口を開く。
「……きっと、生きてるよ」
優しい声だった。
ティナはゆっくりとうなずく。
「……そう思う」
その声は、さっきより少しだけ強い。
ユノが、火を見つめたまま言う。
「……あいつ、簡単には死なねえよ」
短い言葉。
だが、それだけで十分だった。
ティナの口元が、ほんの少しだけ緩む。
「……うん」
小さく、でもはっきりと答える。
火が揺れる。
夜が深くなる。
その中で。
三人の距離は、確かに縮まっていた。




