行き先
闇商人たちが去ったあとも、しばらく誰も動かなかった。
張り詰めていた空気が、少しずつほどけていく。
遠くで、誰かが息を吐く音が聞こえた。
ユノも、ようやく剣を下ろす。
腕が重い。思っていた以上に力が入っていたらしい。
「……終わった、のか」
「うん……たぶん」
レナが小さく答える。
だが、その声にはまだ緊張が残っていた。
完全に終わったわけじゃない。あの男はまた来る。
それが分かっているからだ。
少し離れたところで、ティナが立っていた。
じっと、ユノたちを見ている。
その目には、恐怖と、それとは別の何かが混ざっていた。
ユノはゆっくりと歩み寄る。
「……大丈夫か」
ティナは一瞬だけ目を伏せて、それから小さくうなずいた。
「……うん」
短い言葉。でも、さっきよりはしっかりしている。
その様子を見て、ユノは小さく息を吐いた。
村人たちも、少しずつ動き始めていた。
「門兵を呼べ」
「いや、街まで送るべきだ」
「このままここにいるのは危険だ」
声が上がる。
どれも間違っていない。
だが、どれも決定的でもない。
ティナはそのやり取りを、黙って聞いていた。
自分のことなのに、口を挟まない。
ただ、選ばれるのを待っているようだった。
レナがその様子に気づき、小さく息を飲む。
ユノも同じだった。
しばらくの沈黙。
そして。
「……一緒に来るか」
ユノが言った。
場の空気が、止まる。
レナが驚いたようにユノを見る。
「ユノ……?」
ユノはそのままティナを見た。
「ここにいても、また来る」
「街に行っても、どうなるか分からない」
静かに言葉を重ねる。
「だったら、動いた方がいい」
ティナの目が、揺れた。
迷っている。
当然だと思った。
「……でも」
小さく声が出る。
「……迷惑になる」
その言葉に、レナがすぐに首を振った。
「ならないよ」
まっすぐに言う。
「一人でいるより、ずっといい」
ユノも続ける。
「守るとかじゃない」
少しだけ言葉を選ぶ。
「一緒に行くだけだ」
その言葉は、押しつけじゃなかった。
選択を渡す言葉だった。
ティナはしばらく何も言わなかった。
ただ、二人を見ていた。
それから、ゆっくりと口を開く。
「……行きたい」
はっきりとした声だった。
村人たちが顔を見合わせる。
数秒の沈黙。
やがて、一人がうなずいた。
「……ここにいるよりはいいかもしれねえな」
「気をつけろよ」
反対する声は、なかった。
それが、この村の答えだった。
準備はすぐに終わった。
ティナの持ち物はほとんどない。
それでも、村の人たちが少しだけ食料を持たせてくれた。
「……ありがとう」
ティナが小さく頭を下げる。
そして、最後に振り返る。
焼き物の並ぶ通り。
窯の煙。
短い時間だった。
それでも、大切な場所だった。
ユノが声をかける。
「行くぞ」
「うん」
レナが並ぶ。
ティナが、その隣に立つ。
少しだけ間を空けて。
でも、もう完全に離れてはいない。
モチがぴょんと跳ねる。
ラグナルが小さく鳴く。
ウールは静かに浮かんでいた。
三人と三体。
まだぎこちない並び。
それでも――
仲間だった。
クルクル村を後にする。
土の匂いが、少しずつ遠ざかる。
前には、まだ見ぬ道。
だが、もう一人じゃない。
その事実だけで、少しだけ足取りが軽くなった。




