出発!
翌朝。
タブリスの門の前に、ユノとレナは並んで立っていた。
昨日と同じ場所。だが、今日は違う。
「……行くか」
「うん」
短いやり取り。それだけで十分だった。
門をくぐる。背後に残る街の喧騒。
前に広がる、静かな道。踏み出した一歩が、少しだけ重い。
しばらく歩く。
道は整備されているが、人の気配は徐々に減っていく。
聞こえるのは、風と足音だけ。
「……静かだね」
「ああ」
昨日までの街が、少し遠く感じる。
足元ではウールが、相変わらずふわふわと揺れている。
レナの腕の中では、モチが落ち着かない様子で周囲を見ていた。
そして、肩の上ではラグナルが静かに前を見ている。
「ロックワーム、だっけ」
レナが呟く。
「ああ。洞窟にいるらしい」
「硬いんだよね」
「物理が効きにくいって書いてあった」
ギルドで見た説明を思い出す。
遅いが、頑丈。噛みつかれれば、大怪我。
「……ちょっと怖いね」
「まあな」
ユノは正直に答える。怖くないと言えば嘘になる。
でも
「だから準備したんだろ」
「うん」
レナが小さくうなずく。
昼を過ぎる頃には、周囲の景色も変わっていた。
草原から、少しずつ岩の多い地形へ。遠くには低い山が見える。
「……あの辺か」
「たぶんね」
太陽が傾き始める。
「今日はこの辺で止まるか」
「うん、無理はよくないね」
少し開けた場所を見つけ、荷物を下ろす。
初めての野宿。少しだけ、緊張する。
枯れ枝を集める。石を並べて、小さな場所を作る。
「こんな感じでいいのかな」
「たぶん」
火打ち石を使う。
何度か失敗して――
ようやく、小さな火がついた。
「……ついた」
「ほんとだ」
火が揺れる。小さな炎。
でも、それだけで周囲の空気が変わる。
干し肉とパンを取り出す。火に少しだけかざす。
香ばしい匂いが広がる。
「……うまそう」
「昨日より美味しそうに見えるね」
軽く笑う。
一口食べる。硬い。でも、温かい。
「……悪くないな」
「うん」
静かな中での食事。
街とは違う味がした。
モチがレナの腕から降りる。周囲をぴょこぴょこと動き回る。
「モチ、あんまり遠く行かないで」
呼ぶと、すぐに戻ってくる。その様子に、少しだけ安心する。
ラグナルは火の近くでじっとしている。
炎を見つめるように。
「……お前、火好きなのか」
小さく呟く。
ラグナルは、何も答えない。
ウールは少し離れた場所で、静かに揺れていた。
何をしているのか分からない。
でも、なぜか気になる。
「……ねえ」
レナが小さく声を出す。
「どうした」
「魔法、ちょっと試していい?」
「今?」
「うん……さっきから、なんかできそうな感じがして」
ユノは少しだけ考えてからうなずく。
「無理はするなよ」
「うん」
レナが手を前に出す。少しだけ目を閉じる。
風が、わずかに揺れた。
「……」
集中している。
しばらくして。
ふわり、と。
小さな風が生まれた。
「……!」
火が揺れる。ほんのわずかだが、確かに変化した。
「できた……?」
レナが目を開ける。その表情には、驚きと嬉しさが混ざっていた。
「……すごいじゃねえか」
ユノが少しだけ笑う。
「ほんとに、できた」
レナも笑う。
ほんの小さな魔法。
でも、それは確かな一歩だった。
火が揺れる。夜が、ゆっくりと深くなる。
遠くで、何かの鳴き声がした。
静かな中で、それがやけに大きく聞こえる。
「……明日だな」
「うん」
洞窟。ロックワーム。
まだ見ぬ敵。まだ知らない戦い。
準備はできている。
火の明かりの中で。
ユノたちは静かに、次の日に備えた。




