工房の男
翌朝。まだ街が完全に目覚めきる前の時間だった。
「……行くか」
「うん」
軽く朝食を済ませ、ユノとレナは宿を出る。
昨日の喧騒が嘘のように、朝のタブリスは少し静かだった。店の準備をする人、掃除をする人。街がゆっくりと動き始めている。
昨日の道を思い出しながら進む。
にぎやかな通りを抜け、少しずつ人の気配が減っていく。
「ほんとにこっちで合ってる?」
「たぶん」
やがて見覚えのある建物が見えてきた。
古びた外壁。周囲より少しだけ浮いているような静けさ。
「……ここだな」
扉の前に立つ。中から、かすかに音がする。
金属を叩く、重く乾いた音。
――コン、コン、と一定のリズム。全くずれない。
自然と背筋が伸びる。
「……入るぞ」
軽くノックをする。返事はない。
だが、音は止まらない。
「……いいのかな」
レナが小さく言う。ユノは少しだけ迷ってから、扉を押した。
中は、思ったより広かった。だが、光は少ない。
窓から差し込む細い光と、炉の赤い火だけが空間を照らしている。
鉄の匂いと、熱気。壁には工具が整然と並び、中央には大きな作業台。
そして一人の男が、無言で槌を振るっていた。
気づいていないのか、それとも無視しているのか。
こちらを一切見ない。ただ、目の前の金属に集中している。
音だけが響く。コン、コン、と。
レオがその奥から顔を出した。
「あ、来たのか!」
昨日と同じ調子で手を振る。
「ほんとに来るとは思わなかったぞ」
「約束しただろ」
「それもそうか」
レオは笑って、こちらに歩いてくる。
「ちょっと待ってな、今師匠――」
「邪魔だ」
低い声が、空気を切った。手は止まらないまま、男が口を開く。
その一言で、空気が変わった。
「……すまん」
レオが少しだけ小さくなる。それでも、振り返らない。
槌の音だけが続く。
しばらくして。最後の一打を終えると、ようやく男は動きを止めた。
ゆっくりと顔を上げる。その目が、初めてこちらを見た。
「……ガキか」
短い言葉。だが、その視線は鋭い。
値踏みされているような感覚。
「ユノだ」
視線を外さずに答える。
「レナです」
レナも少し緊張した様子で続く。
男はしばらく黙ったまま、こちらを見ていた。
そして、ふっと鼻で笑う。
「遊びに来たのか?」
「違う」
即答する。
「……ほう」
わずかに、目が細くなる。
そのとき、レオが割って入った。
「師匠、この二人さ、昨日助けてくれて――」
「聞いてねえ」
ぴしゃりと遮る。
「用があるなら、さっさと話せ」
レオは少しだけ言葉に詰まる。
それから、ちらりとユノを見る。
少しだけ迷って――口を開いた。
「……こいつに、武器を作らせてくれ」
その言葉に、空気が止まった。
男の視線が、ゆっくりとユノに戻る。
今度はさっきよりも、深く。
「……誰に言ってる」
「俺だよ」
レオが言い返す。声は震えていない。
「こいつに、ちゃんとした武器が必要だ」
数秒の沈黙。
もっとずっと長く感じた。
「……帰れ」
男が短く言う。
「今の腕で、何が作れる」
「でも、」
「口答えするな」
それだけで、レオの言葉が止まる。
再び沈黙。重い空気。
そのとき、ユノが口を開いた。
「……なら、材料を集めてくる」
男の視線が動く。
「お前が言うか」
「作るかどうかはそっちが決めればいい」
少しだけ間を置く。
「でも、材料がなきゃ始まらないだろ」
男は何も言わない。ただ、じっと見ている。
「……面白いこと言うじゃねえか」
小さく呟く。そして、視線を外した。
「勝手にしろ」
それだけだった。
レオが、はっと息を吐く。
「……今の、いいのか?」
「さあな」
ユノは肩をすくめた。
だが。確かに、何かが動いた気がした。
炉の火が、静かに揺れていた。




