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聖者リュート_24

 翌日の礼拝には、リュートの王都行きを聞きつけて、多くの人々がやってきた。


 礼拝はいつもどおりシスター・エメリアの先導ではじまり、いつもどおりリュートの話が続く。


 ただ一つ違ったのは、最後にリュートが王都に行くため、これから当面の間は特別な礼拝は行われないことを、彼自身が淡々と告げたことである。


 王都の令嬢たちがいなくなっても、商家の娘たちや気のいい農夫、また、教会の教えに触れるうちに、リュートが礼拝に出るかどうかにかかわらず礼拝に足を運ぶ者たちは増えていた。

 その多くの人々が、しばらくの間、リュートに会えないことをとても残念に思ってくれているようだ。

 リュートの『オレがいなくなっても、教会の子供たちや救護院の老人たちに、一切れのパンを分けてほしい』という話を最後に、その日の礼拝は終わりを告げた


「聞いたわ、王都にいくんでしょ」

 礼拝が終わったあと、タニアが私にかけよってきた。

「ええ、領主様からの召喚なので、行かないわけには」

「トゥエまでいなくなっちゃうの、本当に寂しくなるわ」

「私もです。またタニアと友人に戻れたのに」

「何言ってるのよ。王都にいっても友人は友人でしょ?」

 そういってタニアは私を優しく抱きしめてくれた。

 うっかり涙がこぼれそうになる。 


「タニアも来てくれたのか!」

 こちらに気づいたリュートがやってきた。

「当たり前じゃない。それにしてもあなた一体何をしたの? 領主様からの呼び立てなんて」

「わかんないって、オレ、本当に心当たりないし!」

「知らないうちに何かやらかしたんじゃないの?」

「うわ、否定しきれねぇ」

 しめっぽくなった空気をリュートが吹き飛ばす。

「そうだ! タニアにまた一つお願いがあるんだけど」

「なにかしら? リュートの頼みなら喜んで」


「ロメロのこと、頼む」


 教会の孤児院にいるロメロは、月が明けたらトノヴァ商会に行くことが決まっている。

 ロメロはそのためにこれまでリュートに算術を学び、人一倍努力をしてきた子だ。

 リュートは自分が王都に旅立つというのに、孤児のロメロのことまで気にかけている。

 そんな彼を見て、準備に追われていたとはいえ、自分のことしか見えていなかった私は少し恥ずかしかった。


「もちろんよ。あなたに言われなくてもうちの商会の子になるんだから。責任をもって面倒を見るわ」

「私からもお願いします」

 シスター・エメリアが、当のロメロを連れて現れた。

「よ、よろしくおねがいします!」

 緊張した様子でタニアに挨拶をするロメロ。

「こちらこそよろしく。うちの商会は厳しいけれど、しっかり働けばその働きはきちんと評価されるわ。がんばるのよ」

「はいっ! がんばります!」

「おう、ロメロ! ちゃんとオレが教えたこと、実践してみろ」

「はいっ!」

 緊張しながらもロメロは、改めてタニアに向き合った。


「あ、あなたのようなきれいなおねえさんの下で働けるのはとても嬉しいです! よ、よろしくお願いしますっ!」

 顔を真っ赤にしながら挨拶をするロメロ。


「あはははは! 悪い気分じゃないわ」

「よし、及第点だな」

「一体何を教えているんですか!」


 その様子をみていた人々が、一斉に声をあげて笑った。

 孤児院の子どもたち、救護院の老人、礼拝に集まっていた街の人たちや、シスター・エメリアも。

 もしかすると、リュートはこの世界の人を笑顔にするために異世界から招かれたのかもしれない。

 そんな気がした。


 そしてついに出発の日の朝、私たちは荷物を持って伯爵邸へ向かった。

 門を入ると、すでに馬車が用意されており、その脇には、手紙を届けてくれた使者の姿があった。


「お待ちしておりました。お荷物はこちらへ」


 荷物を預けると、御者が馬車の扉を開けてくれた。

 中には柔らかそうな座席が向かい合わせに並び、片方にはトビアスが届けてくれた膝掛けが置かれている。


「おお、立派だな」

「まさか、領主様の馬車を使わせてもらえるなんて」

 トーア伯爵家の紋章のついた馬車は、外装も内装も伯爵家の格に相応しいもので、本当に我々が使ってよいのか気後れしそうになる。

 リュートと私が黒塗りの箱に乗り込むと、使者は扉を閉め、自分は御者の隣へ座った。

 間もなく、馬車がゆっくりと動き始める。


 窓の外を、見慣れたトーアの街が流れていく。

 店を開けるために戸板を外している人や、水桶を抱えて歩く人の間を抜け、馬車は街の外へ向かった。


 街を出ると、道の両側には畑が広がっていた。

 冬の間は土の色ばかりで寂しかったところにも、今は柔らかな緑が芽生えている。

 畝の間に腰をかがめた人の姿が点々と見え、起こされたばかりの畑のそばを通った時には、馬車の中にいても湿った土の香りを感じた。


 薔薇農園にも人が出ていた。

 まだ花の季節には早いけれど、枝先にはいくつも新芽が伸び始めている。


「あれも香水になるのかな」

「花が咲けば、そうでしょうね」

「今年もいっぱい咲くといいな」

「リュートはそんなに薔薇が好きなのですか?」

「だって、いっぱい咲いたら、いっぱい香水が作れるじゃん」

「なるほど」

「それに……店にはいつも薔薇の花があったからな。お客さんからのプレゼントってヤツ」


 トーアの街が見えなくなってからも、しばらくは畑と薔薇農園が続いていた。

 やがて街道は緩やかな坂を上り、低い丘の間へ入っていく。


 丘の斜面のあちこちには、春を告げる白い小さな花が咲いていた。

 その向こうでは羊の群れが草を食み、道の近くにいた何頭かが、馬車の音に顔を上げる。


 昼過ぎには、街道沿いの小さな町へ入った。

 道に面した家々の軒先には荷物が積まれ、馬車を止めた宿の隣では、折れてしまったのだろうか荷車の車輪を直している人がいる。

 簡単な昼食をとり、馬を休ませている間にも、リュートは興味深そうに近くを歩きまわり、宿の前に並ぶ露店を面白そうにひやかしていた。


 午後になると畑は少なくなり、街道の両側に木立が続くようになった。

 枝の間から差し込む日差しが、馬車の窓やリュートの顔の上を次々に通り過ぎていく。

 ふと、風が吹くと常緑の枝が揺れて、その隙間から遠くの丘が一瞬だけ見えた。


 馬車の揺れにも慣れたのか、しばらくするとリュートの口数が減ってきた。

 静かになったな、と思って顔を覗き込むと、リュートは頬杖をついたまま窓にもたれかかるように眠っている。

 トビアスからもらった膝掛けを、彼にそっとかけた。


 その日の宿があるラーデンの街に着いた時には、もう空がすっかり赤くなっていた。

 通りに面した店はもう店じまいを始めていて、人通りの少ない道を私たちの馬車はゆっくり進み、やがて一軒の宿の前で止まった。

 馬車を降りたリュートが、腰に手を当てて大きく伸びをする。


「あ~、尻が痛ぇ」

「伯爵家の馬車でよかったですね。普通の馬車だったら慣れない人はお尻の皮がむけたりしますよ」

「マジか」

 リュートは確かめるようにお尻に手をあてている。

「慣れない馬車で疲れたでしょう。明日も明後日も乗りますから、今日はゆっくり休んでくださいね」

「くっそ。オレより先に来た転生者連中なにやってたんだよ。なんで車を作っといてくれなかったんだ?」

「でしたらいっそ、リュートが作ってみてはどうでしょう?」

「ぜってー無理」


 使者の方が宿の人に話をすると、すぐに中へ案内された。

 約束通りヘラルド様が、あらかじめ泊まるところまで手配してくださっていたのだ。


 その宿は廊下も階段も掃除が行き届いていて、案内された部屋には、きれいな寝具を掛けたベッドがあった。

 窓の下には小さな机が置かれ、その上には水差しと洗面用の鉢が用意されている。

 リュートは荷物を置くと、ベッドの端へそっと腰を下ろした。

「を?」

「どうしました?」

「このベッド、柔らかいな」

 手のひらで寝具を押し、それからもう一度、座り直す。

「これなら尻も休めそう」

「それはなによりです」


 荷物を広げようとしたところで、食事の用意ができたと呼ばれた。

 階段の窓から見える空にはまだ夕暮れの色が残っていたけれど、食堂にはすでに明かりが灯されていた。


 運ばれてきたのは、肉と野菜を煮込んだ料理。

 深い器からたちのぼる湯気に顔を近づけると、美味しそうな匂いがいっぱいにひろがった。

 リュートは器に匙を入れ、ひと口食べたところで、ほっと息を吐いた。

「あったけぇ」

「道中では、身体が冷えますからね」

「腹も減ってたんだな、オレ」

 リュートは柔らかく煮えた肉をほぐし、汁にパンを浸して美味しそうに口に運んでいる。

 私も煮込みを口へ運ぶ。

 料理を口にいれるたびにお腹の中が温まり、ようやくひとごこちが付いた気がした。


 食事が終わる頃には、窓の外はすっかり暗くなっていた。

 通りを歩く人の姿は見えなくなり、時々、遠くに馬の足音だけが聞こえている。

「なんか、変な感じがする」

「何がです?」

「トーアに来てから、あの家以外で寝たことなかっただろ」


 そう言われてみればその通りだった。

 私にとっては旅の途中の宿に泊まるだけのことでも、リュートにとっては初めての夜なのだ。


 外で馬の声がした。

 リュートが窓の方を見る。

 窓から暗い外の様子はよくわからなかったが、どうやら予定に遅れた荷馬車が、空いている部屋を求めて宿の亭主となにかを交渉しているようだった。


「……本当に、違う街に来たんだな」

 リュートは器の脇に置いた匙を指でもてあそんでいる。

「トーアのことが気になりますか?」

「……ちょっとな。でも、それ以上に王都がどんなトコなのかってほうが気になる」

 意外なほど素直な返事だった。

「トーアの街、朝、出たばっかなのにな。なんか、すげー遠くに来た気がする」

「慣れない馬車で疲れたんですよ。温かいものも食べましたし、今日はゆっくり休みましょう」

 リュートは少し考え、それから頷いた。


 部屋まで戻り、リュートがもう一度小さく腰を伸ばす。

「トゥエ」

「なんでしょう?」


「この王都行き、トゥエが一緒で良かった」


 それだけを言い残すと、リュートは私の返事も待たずに燭台の明かりを消し、さっさとベッドに入ってしまった。


「……ありがとな」

 暗い部屋で私もベッドに入ると、隣のベッドから消え入りそうな小さな声が聞こえた。


毎日更新がちょっと厳しくなってまいりました。

この後は、週三回程度の更新頻度になる予定です。ご容赦くださいませ。


いつもお読みいただきありがとうございます。

みなさまにいただいた応援や評価がいつも励みになっています。

最後までお付き合いいただければ嬉しく思います。

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