聖者リュート_23
長かった冬が終わり、トーアにも春がやってきた。
元々王都よりも暖かい土地ではあるけれど、それでも春になれば街の様子は随分と変わる。
冬の間は閉め切られていた家々の窓が開き、通りには花を売る露店が並び始めるようになった。
そして、春になれば、冬の間この街で過ごしていた貴族たちも、一人、また一人と王都へ戻りはじめる。
もちろん、礼拝に来ていたご令嬢たちも同様で、彼女たちはみな、リュートとの別れを惜しんでいた。
「リュート様、王都へいらした時には、ぜひ我が家にもお立ち寄りくださいませ」
「ええ、機会があれば」
「かならずですわよ」
そんな名残惜しそうなご令嬢たちを、リュートはいつもの調子で見送っている。
領主様とエレオノーラ様も、少し遅れて王都へ戻っていった。
街から豪華な馬車の姿は減ったが、トーアの街ではいつもと変わらぬ営みが続いている。
私たちのくらしも、そう何も変わらない。
王都の令嬢たちがいなくなっても、リュートは相変わらず教会へ行って礼拝をしているし、子供たちの教育も引き受けている。
私は薬を作ったり、教会の救護院でお年寄りや病人の世話をしたりしているが、この冬は、暖炉だけでなく救護院にいるみんなの表情もいつもより暖かかった。
トノヴァ商会では相変わらずリュートが気に入ったという香水や焼菓子を売っており、それ以外にも、冬の間にリュートの愛用品として売り出された品物の数を少しずつ増やしていた。
リュートとトビアスは、トーアの街で作られているものの中から、品質は良いのだが知名度が低いもの、お茶や石鹸など保存性が高いものなどを選んで、計画的にリュートの名前を使って売り込んでいるようだ。
ある意味、領主であるヘラルド様のお墨付きを得たトビアスは、このトーアの街にあるトノヴァ商会の店を、王都の店より大きくするつもりらしい。
王都へ戻ったご令嬢たちがいなくなれば、リュートの名前を使ったものは売れなくなるのではないかと思っていたが、トビアスによれば、貴族たちの帰還にあわせて王都への荷物をすでに運んでいるのだという。
「王都でも売れればいいんだけどな~」
リュートの方といえば、こちらが心配するよりずっと気楽なようだ。
『売れれば儲かるし、売れなくても別にいままでと変わらないから、別にいいんじゃね?』とは本人の弁である。
そんな、いつもと変わらない日がしばらく続いたある日のこと。
リュートと二人で久しぶりの薬草採りから戻ると、教会の前に見覚えのない馬が繋がれていた。
「お客さんですかね?」
「みたいだな」
私たちの姿を見たシスター・エメリアが、リュートに領主様の館からお使いが来ていることを教えてくれた。
あわてて身支度を整え、使者が待っているという教会の会堂へ急ぐ。
「リュート様に、トーア伯爵様よりお手紙をお預かりしております」
そういって差し出された手紙には、立派な封蝋が押されている。
「オレに?」
「はい」
「リュート様の準備が整いましたら、まずトーアの伯爵邸までお越しいただくように、との事でございます」
リュートは受け取った手紙を裏返したり、光に透かして眺めたりしている。
「何をしているんです?」
「いや、立派な手紙だなって」
「いいから、早く開けてみてください」
「わかってるって」
封を切って中を開き、目で文字を追うリュート。
「……トゥエ」
「なんですか?」
「王都、行くぞ」
「はい?」
突然のことに、間の抜けた声が出た。
「領主サマが来いってさ」
「王都へですか?」
「そうみたい」
「何のために?」
「『話があるから王都へ来い』としか書いてない」
手紙を借りて読んでみると、内容はリュートが言うように王都への召喚だった。
用向きや理由については何も書かれていなかったが、できるだけ早く来ることを望んでいるようだ。
移動手段については伯爵家から馬車を出すので、使者の言うように準備が整い次第、伯爵邸に来いとのこと。
また、道中の宿や路銀は心配無用との心遣いが書かれていたが、要はできる限り早く王都に来い、という事だ。
「それで、いつ行くんです?」
「そうだな、トノヴァ商会にはオレが王都に呼び出されたことは伝えないとダメだろうし、明日は礼拝も出ないとだな」
「準備もありますし、明後日ではどうでしょう」
「いいんじゃないか」
待っていた使者に、明後日にお屋敷にお伺いすることを伝えて、それからの二日間はひたすら旅の準備に追われることになった。
私たちはまず最初にトビアスに面会を申し出た。
忙しいトノヴァ商会の支配人は、リュートの為であれば、と優先的に時間をとってくれた。
「王都に行かれるのですか?」
「そう。領主サマからの呼び出しだから」
「正直どれくらいの期間になるかもわかりません」
ふむ、と顎に手をあてて思案するトビアス。
「なるほど。事情はわかりました。でしたら王都にいる間は、あちらの店でもリュート様とのつながりが持てるように準備いたしましょう」
そういってトビアスは一通の紹介状を用意してくれた。
宛先はマルセル氏……トノヴァ商会の会頭となっている。
「王都にいる間に、こちらの紹介状をもってトノヴァ商会をお訪ねください。きっとリュート様のお役に立つかと思います」
「会頭ってことは、このマルセルさんって商会の一番エラい人じゃないのか?」
「はい。当商会のマルセルも、一度リュート様とお会いしたがっておりましたから。ちょうど良い機会かと」
「そのような方がなぜリュートに?」
「……この冬の間に、リュート様のお名前をお借りした品物がどれだけ売れたか、トゥエ様はご存じですかな?」
「ご令嬢方がこぞって香水やワインを買われたというのは聞いています」
「それだけではありません。私どもは領主のヘラルド様からも、トーアの街の商品を王都や他領へ広めるリュート様の計画に、可能な限り協力するよう申し付かっております。そのような商機をもたらしてくれたリュート様を気にかけぬ者は、トノヴァ商会の中にはおりませんよ」
たしかにリュートの話をヘラルド様は認めてくれていたが、そんな大きな話になっていたのか。
「もし、王都で何かお困りの際には、トノヴァ商会でお力になれることもあるかと思います。どうかお心にお留めおきください」
「ありがとな。本当に困ったときは頼りにさせてもらうよ」
さらにトビアスは、王都に向かうための用意を調えてくれた。
王都の町中で見劣りしない衣装や外套、馬車で使う膝掛けなどをヘラルド様のお屋敷まで届けてくれるという。
トビアスに感謝の言葉を伝えると、
「お気になさらないでくださいませ。当商会にとってはリュート様に対する投資ですので」
と、満面の笑顔で返事が返ってきた。
「やっぱ商人こえぇぇ!」
全く怖がっている気配のないリュートとトビアスの二人の楽しそうな笑い声が、トノヴァ商会の応接室に響いた。
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