聖者リュート_18
リュートが祭壇に立つ日取りは、教会を訪ねてきた令嬢たちに伝えられ、さらにタニアが、店を訪れる客たちに言い広めてくれたこともあり、あっという間にトーアの街へ広まった。
そして、いよいよリュートが祭壇に立つという最初の礼拝の日、教会には以前よりも多くの令嬢たちが集まった。
中には、これまで教会の前で見かけたことのない顔もある。
いつもトーアで冬を過ごす貴族の娘だけでなく、噂を聞いた商家の女性や、令嬢に付き添ってきた侍女たちまで、礼拝堂の長椅子に腰かけていた。
令嬢たちだけではない。
噂の転生者の話を聞こうと、物見高い人々も幾人か集まっているようだ。
シスター・エメリアの先導で始まった礼拝は、定型句の祈りを終えたところでリュートに引き継がれた。
祭壇の前に立ったリュートは、いつもの軽薄な笑顔を消し、静かに人々を見渡した。
「みんなも知ってのとおり、オレは神様ってヤツに呼ばれて、この世界に来たらしい」
リュートの声に、礼拝堂の中が、しん、と静まり返る。
「らしい、というのは、少しおかしな言い方かもしれない。だけどオレは、元の世界で命を落として、次に目が覚めた時には、この世界の転生の門にいたんだ」
礼拝に集まった者たちは、身じろぎもせず、じっとリュートの話に耳を傾けている。
「ただ、オレが今、ここにいることを神様の力だって考えるなら、その神様はオレをこの世界に連れてきて、この世界で困ってる奴らの前に置いていったってことになる」
リュートは、礼拝堂の前列に座る子供たちへ視線を向けた。
「経典には、最後まで人間を見捨てなかった神様のことが書いてある。そして、その神様は、困ってる人間を助けろって教えている。だったら、神様が本当にいるかどうかなんて悩む前に、自分の目の前にいる奴をちょっとだけ助けてやればいいんじゃないかって、オレはそう思ってる」
リュートは、難しい言葉を何ひとつ使っていない。
経典に書かれた文言をそのまま読み上げるのではなく、リュートが経典を読み、理解した内容を、彼自身の言葉で語っている。
「別に大げさなことをしなくてもいい。例えば、腹を空かせてる奴がいたら、そいつに自分のもってるパンを一切れ分けるとか、寂しそうにしてる奴がいたら、そいつの話をただ聞いてやるとか、そういうのでいいんだと思う。もし神様が本当に人間を見てるなら、きっとそういう人間の姿を一番喜ぶんじゃねぇかな」
リュートの話が終わっても、しばらく誰も声を発しなかった。
静まりかえった礼拝堂の中で、やがて一人の令嬢が席を立ち、祭壇の前へ進み出ると、そっと一枚の銀貨を置いた。
「これを、教会の子供たちのために役立ててくださいませ」
それを皮切りにして、他の令嬢たちも次々と祭壇へ進み出て、同じように硬貨を置いていった。
もちろん、リュートが一人ひとりに微笑みかければ、皆、頬を赤く染めてはいたけれど、最初の献金の日のように、リュートに手を取ってもらいたい一心の騒がしさはなく、静粛な空気の中で礼拝は進んでいった。
それから月に三度、リュートが祭壇に立つ日は、礼拝堂の長椅子が多くの人で埋まるようになった。
令嬢たちはその日を間違えないように確かめ、連れ立って教会を訪れた。
彼女たちが捧げる銀貨や銅貨のおかげで、教会は今年の冬を越すための十分な薪を買い、さらに傷んだ屋根の一部を直すこともできた。
やがて、トーアの街に一つの噂が広まりはじめた。
教会では、神の力によって異世界から転生した者が、自ら祭壇に立ち、神の威光と慈愛を説いているらしい。
その転生者は真の神の姿を見た、神から直接言葉を授かった――などと、噂には尾ひれが付け加えられ、少しずつ街の中へと広がっていった。
令嬢たちは相変わらずリュートに会うため教会へやってきていた。
だが、ある者は献金だけでなく美しい花やお菓子を捧げ、また、ある者は教会の子供たちに古着を持ってくるようになった。
令嬢たちだけではない。
好奇心と篤志を備えた一部の者たちは、自分の畑でとれた野菜や果物、老人たちの為に暖かい毛布などを寄進するようになった。
礼拝に訪れた人々が本当に神を信じるようになったのか、私にはわからない。
ただ、リュートに会うための理由が欲しいだけなのかもしれない。
それでも、これまでは姿も名前もわからぬ神などいるはずがない、と笑っていた人々が、教会に足を運び、困っている者たちに手を差し伸べている。
それは、信仰と呼べるものではないのかもしれない。
けれど、私にはそれが長く灰の下に埋もれていた熾火が、静かな熱を取り戻したかのように思えた。
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