聖者リュート_19
このお話を訪ねていただき、ありがとうございます。
無理のない範囲でぼちぼち更新していきますね。
それからまた幾日かが過ぎた。
相変わらずリュートは礼拝の日になると教会へ出かけ、集まった人たちの前で、経典に書かれていることだけでなく、自分が話したいことを好きなように話している。
そして、ご令嬢たちも相変わらずリュートの気を引こうと熱心に礼拝に参加を続けている。
だが、最近少し変わったのは、ご令嬢たちだけでなく、最初はリュートという転生者を一目見ようと物珍しさから集まっていた人々が、礼拝が終わっても帰らずに、彼にいろんな相談を持ちかけるようになったことだ。
家族のこと。
友人とのこと。
婚約者のこと。
中には、果たしてそんなことを教会で相談するものなのだろうか、と首を傾げたくなるような話まである。
けれど、リュートは嫌な顔一つせずに、相手の話を聞きいている。
「そっか、それは大変だったな」
と、時には相槌を打ちながら、淡々と、ただ、彼らの話に耳を傾けているのだ。
「でもさ、相手にもなんか事情があったんじゃね?」
そして、リュートに話を聞いてもらっているあいだに、いつしか、みな、笑みを浮かべるようになる。
「リュートさんには、人の心を軽くする、何か不思議な力があるのかもしれませんね」
シスター・エメリアはそう言うが、本人に言わせれば、オレは話を聞いてるだけ、なのだそうだ。
本当に不思議な人だと思う。
リュートがそんな礼拝を繰り返しているうちに、教会に集まる献金も少しずつ増えていた。
もちろん、毎回同じ人が大金を置いていく訳ではない。
銅貨や銀貨、それに野菜や毛布。
けれど人数が増えれば、それなりの額と物になる。
まだ、余裕があるとは言えないけれど、トーアの教会は以前のように冬の薪をどうするか、孤児たちの服をどうするか、と頭を抱える状態ではなくなってきていた。
子どもたちの笑顔が増えたことはもちろん、救護院の老人たちの空気もどこか明るく、あんなに不機嫌だったマーカスさんが、最近は子供たちと楽しそうに話している姿をよく見かけるようになった。
そんなある日のこと、朝、早い時間に、タニアが家を訪ねてきた。
「こんな時間にごめんなさいね、トゥエ」
「どうしたのですか?こんな朝早くに。めずらしいですね」
「突然で申し訳ないけれど、今日の午後から、リュートに時間をとってもらえないかしら?」
「ん?なんかオレの名前が聞こえたんだけど?」
タニアの声に気づいたのか、奥の部屋から、乱れた髪をかき上げならリュートが現れた。
本人にその気はないのだろうが、得も言われぬ色気がその仕草からこぼれ落ちている。
教会に頻繁に足を運んでいるご令嬢方が、このリュートを見たら、その場で気を失うかもしれない。
「よかったわリュート。今日の午後からあなたの時間をもらえないかしら?」
「オレなら別に構わないけど。タニアの誘いを断るほど、オレは不義理じゃないつもり」
「そういってもらえるとありがたいわ。リュート! あなたって本当にいいオトコね!」
「ありがとな! タニアもいつもながらにいいオンナだぜ!」
この二人の会話は、私の理解できないところでどこか通じあっている。
「で? 何? もしかしてタニアからデートのお誘い?」
「実はリュートに会ってもらいたい人がいるのよ。うちの支配人なんだけど」
「え? トノヴァ商会のトーアの支配人ですか?」
「そうよ。店に呼びつける形になって申し訳なんだけれど、会ってもらえるかしら?」
タニアが働いているトノヴァ商会といえば、トーアでは知らない者のいない大きな商会だ。
王都にも店を構えていて、貴族向けの高級品から私たちでも買える日用品まで幅広く扱っている。
そのトーアの街の支配人が、直接リュートに会いたいと言うのだ。
「あぁ、そういうことか。もちろんかまわないぜ」
「相変わらず話が早くて助かるわ! それじゃ昼過ぎに迎えを寄こすから。トゥエも一緒に来てね」
「わかりました」
タニアは約束をとりつけると、お茶も飲まずに慌ただしく帰っていった。
忙しくしているようである。
その日の昼過ぎに、約束どおりトノヴァ商会から迎えの馬車が教会にやってきた。
商会の紋様が入った黒い馬車に、リュートと二人で乗り込む。
馬車の内装は上質な天鵞絨で、下手な下級貴族の馬車より上質なしつらえだった。
リュートは、「うわ~! なんか店を思い出すわ~」と、言いながら天鵞絨の手触りを楽しんでいる。
「支配人にお会いするなら、この前いただいた品物のお礼を言わなければいけませんね」
「あぁ、ぱーっと使っちゃったしな」
実はタニアが置いていった品物のほとんどを、リュートは自分のために使わなかった。
それどころか、礼拝のあと相談にやってくる人々に、気前よく配っていたのだ。
例えば、教会にやってくる下級貴族の令嬢が、お金のために、父親ほど歳の離れた上級貴族の後妻として、愛妾まがいの結婚が決まったのだと嘆いていると、リュートは、決まったことは変えられないけれど、どうせ変えられないのなら境遇を上手く使えといいながら、高級な香水を彼女にあげてしまう。
『いいオンナになって、そんなジジイを逆に手玉にとってやればいい。いいか? いいオンナになるには、先ずいいモノを身に着けてみるんだ。そうしているうちにモノにふさわしいオンナになってくるぜ。それになにより、自分の気分がアガる』
エロじじいから、金をむしれるだけむしり取ってやれよ! というリュートに、その令嬢は、泣きながらも最後には目に力を宿した笑いを浮かべて帰るのだ。
その香水を宝物のように胸に抱きしめて。
また、ある時は息子の結婚が決まったという農夫に、そりゃめでたい! 結婚祝いだ! といって高価な外国のお酒をあげてしまう。
『いい酒だからって、結婚式で振舞おうなんて思うなよ?こんなのは家族だけでぱーっと飲むのが一番だぜ!』
そういっては、息子の自慢話や、嫁にくる娘がどれだけ器量が良いかといった、何度も繰り返されるとりとめのない話を最後まで笑って聞いている。
それもこれも、リュートに言わせれば、
『使わないモノを、うちで寝かしといてももったいないじゃん。喜んで使ってくれる人のトコに行けば、人もモノもみんな幸せじゃね?』
なのだそうだ。
「リュートは自分が欲しいものはないのですか?」
「ん? あるにはあるよ」
「だったら、それをトノヴァ商会に取り寄せてもらえばどうでしょう? お金はかかるかもしれませんが」
「いや、それはちょっと無理じゃね?」
「どうしてです?」
「だって、オレの欲しいものって、この世界にないからさ。いくらゲーム機やスマホが欲しいって言っても、どうしようもないじゃん?」
目を細めて、窓の外を眺めるリュート。たしかに、彼が元の世界にしかないものをいくら求めても、手に入れることはできないだろう。
リュートは自ら望んでこの世界に来た訳ではなかったのに、配慮のない言葉をかけてしまったかもしれない。
「ごめんなさい」
「なんで謝んのよ?」
「無神経なことを聞いてしまいました」
「ちげーよ。クリアする前でほったらになってるゲームがちょっと気になるだけだって。別になくても困る訳じゃないし。トゥエが気にすることじゃねぇよ」
「ですが」
「はいはい、この話はここまでな。トゥエはなんでもすぐに謝りすぎだって」
聞き分けのない子供を諭すように、リュートは私の髪を撫でた。
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