聖者リュート_17
「ん? なんだ? この荷物」
初めて令嬢たちから献金を受け取った礼拝のあと、家では大きな背嚢がぽつんと一つ、私たちの帰りを待っていた。
「タニアがリュートに見てほしいといって置いていった荷物です。開けてみますね」
早速鞄のひもをほどき、詰まっている物を一つずつ取り出してみる。
中には、何種類ものお茶やお菓子、ワインのボトルやスパイス、それに高価な石鹸や香水、香油の類までがみっちりと詰まっていた。
貴族向けのものから、高価ではあるが庶民の手にも届くものまで、品物の種類も質もさまざまである。
「なんか、すごい量だな」
「タニアは、とりあえず全部置いていくから、リュートに好きに使ってもらって、とは言っていましたが……」
「へぇ、気前がいいんだな。トノヴァ商会ってトコは」
リュートは早速いくつかの香水瓶を手にとって、香りを確かめている。
「こっちの世界の香水は、どれも香りが強いよなぁ」
そういえば先ほどの礼拝に来ていたご令嬢たちも、それぞれに華やかな香りをまとっていた。
「あぁ、これなんか、元の世界で使ってたヤツにちょっと似てるかも」
リュートは手慣れた手つきで香水を指にとると、手首と耳の裏にそっと撫でつけた。
「ん~~。悪くないんだけど、もうちょっと抑えめの方が良いよな」
そう言いながらリュートは私の作業台の方に行くと、作りかけの傷薬を一つ手にとった。
「を? いいもんあるじゃん。なぁ、これ一個くれない?」
「かまいませんけれど、何をするんです?」
「この傷薬って、ワセリンか何かで出来てるんだろ?」
「『ワセリン』というのが何かわかりませんが、それは薬草の成分を蜜蝋と油で練った傷薬ですよ」
「いいね! 天然素材で肌にもよさそうじゃん!」
リュートは私の許可を得ると、作りかけの傷薬に香水をぽたぽたと加え、混ぜていく。
薬草の少しばかり青い香りと、華やかな香水が混じり、甘い中にもどこか清涼感のある香りが部屋に広がる。
「を? 結構上手くいったんじゃね? オレ特製の、練り香水の完成ってね!」
出来たばかりの練り香水を指にとると、リュートは私の髪をすくい、私の耳の裏をそっと撫でた。
「突然何をするんですか!」
驚く私を見るリュートは、いたずらが成功した子供のように笑っている。
「折角作ったんだし、使ってみたくないか?」
「だったら、自分で試せばいいじゃないですか!?」
「オレ、さっき香水つけちゃったし」
リュートは悪びれた風もなく、私の反応を楽しんでいる。
「とにかく、相手の同意なしに他人の身体に触れるのは駄目です! リュートがいた世界では許されても、こちらでは駄目ですから!」
「はいはい、わかったって。もうやらないから、そんなに怒るなって」
「怒っている訳ではないです」
「なに? それじゃもしかして照れてンの?」
「からかわないでください!!」
「だから、わかったって、ほら、機嫌直して、な?」
私の髪をわしゃわしゃと撫でるリュート。
「それより、まだこんなにあるんだろ。ささっと見ちまおうぜ!」
それからリュートは、沢山の品物の中から、素朴で甘さの控えめな焼菓子と、庶民でも少し無理をすれば手の届きそうな王都のワイン(選んだ理由が、エチケットの絵柄が格好良いからというのはさておき)、先ほどの香水と合わせた三つを、気に入ったとタニアに伝えて欲しいと言った。
「そういえばトゥエ、この中でトーアの名産品とか、トーア産の材料で作っているヤツがあったら教えてくれ」
トノヴァ商会で扱っている商品には、もちろんトーアの名産品もある。
タニアが用意してくれたものの中にも、いくつかトーア産のものが入っていた。
「トーアで作られているのは、このあたりのお茶とこっちのお酒、あとリュートが選んだ香水も、トーアの薔薇を使っていますよ。でも、どうしてそんなことを聞くんです?」
「ん? 近いうちに領主サマってのに会うんだろ? そのときの手土産をちょっとな」
「貴族の方に会うときに贈り物を持って行くのは礼儀にかなっていますね。それならたしかにトーア産の物より、めずらしい土地の品が良いかもしれません」
「はは、まぁ、そんなトコ」
リュートは意味ありげに笑っている。
「さて、すっかり遅くなってしまいましたね。片付けは明日にして、今日はもう休みましょう」
「そうだな、その前に、トゥエ」
「?」
「これやる」
そう言ってリュートは、先ほど作った練り香水をこちらに放り投げた。
それを落とさないように慌てて受け取る。
「これは……私がいただいても良いのですか?」
「うん、いつもトゥエには世話になってるから。なんていうか、感謝の気持ちってヤツ?」
何の飾り気もない、傷薬の容器に入った練り香水。
それが私の手の上で、やわらかな熱を帯びているような気がする。
「ありがとうございます。父が亡くなってから、誰かに贈り物をもらったのは初めてです」
「マジかよ! それ、いくらなんでも薄幸すぎじゃね?」
「いえ、私は今、とてもうれしいです! ありがとうございます」
「喜んでもらえてオレも嬉しいぜ。それじゃ、おやすみ!」
「はい、おやすみなさい、リュート」
その夜は、練り香水の残り香に包まれながらベッドに入った。
リュートの作ったそれは、なんだかとてもやさしい香りがした。
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