聖者リュート_16
「まさかこんなに上手く行くとはな、驚いたぜ」
本当はいささかも驚きを感じていないリュートの言葉が白々しい。
「リュートさんからお話を聞いたときにはどうなるのかと思いましたが、こんなにも沢山の神への感謝が集まるとは、思いもよりませんでした」
シスター・エメリアは祭壇の前に積まれた貨幣の山を、まだ信じられないというように眺めている。
「神への感謝というより、リュートの微笑みに対する対価のような気もしますが」
子供たちが捧げた花を花瓶に生けて、祭壇の片隅に置く。
「とても面白かったわよ。こんなお金の集め方があるなんて、ちょっと勉強になったわ」
タニアはシスター・エメリアの許可を得ると、貨幣を仕分けてあっという間に献金の集計を終わらせた。
集まった献金のおかげで、この冬を越すための薪がなんとか賄えそうだ。
「まぁ、細かいことは気にすんなよ。これで教会のみんなは冬を暖かく過ごせる。ご令嬢たちは満足して帰る。何の問題もないだろ?」
「ええ、きっかけはどうあれ、こんなにも多くの方が礼拝に来てくださったことを、とても喜ばしく思います」
四人がそれぞれに今日の礼拝について、自分の思ったことを話している。
「ただ、流石にこんなのは毎日っていう訳にもいかないだろうから、そうだな、オレがシスター・エメリアの代わりに祭壇に立って、話をする日を作ればいいんじゃないか? 前もって知らせておけば、あのお嬢さんたちはその日を狙ってくるだろ?」
「え? リュートにシスター・エメリアの代わりは務まらないでしょう?聖職者でもないのに?」
「聖職者じゃなきゃ、神様について話しちゃいけないって決まりはないだろ?」
「それは、そうですけれど……」
「それにオレ、ここの経典と儀礼書ならもう全部読んだぜ。ついでに教会に残ってた神様についての古い記録とか、ここにある本で読めそうなヤツはだいたい目を通してある」
「一体、いつの間に?」
ここのところ、リュートは昼間、ずっと子供たちに読み書きや算術を教えている。
朝には私と薬草を採りに出ることもあるし、シスター・エメリアのお使いだけでなく、救護院や孤児院の簡単な掃除や力仕事まで、動ける老人たちに交じって時折手伝ってくれているのだ。
「ん? あれくらいなら夜にちょっと読めば十分だって。特に経典なんて、本っていうには少し物足りないくらいだし、試験なら、一夜漬けで十分覚えられる程度の量しかなかったぜ」
「リュートは経典を一晩ですべて暗記したのですか?」
「いうほどたいした量じゃねぇだろ。神様の名前も、どんな姿をしてるのかも書いてないし。要は、人間を大事にしろ、困ってる奴を助けろ、与えられたモンに感謝しろ。だいたいそんな感じじゃん」
「それはたしかにそうなのですが……」
「な? 何も間違ってないだろ?」
返事に困ってシスター・エメリアの方を見る。
さきほどからその様子をみていた彼女は、口元に手をあて、くっくと笑いをこらえていた。
「ええ。リュートさんの言葉は少々乱暴ですが、経典に記された教えの根幹を、よく理解していらっしゃいます」
「だろ?別に難しい教義について話そうっていうんじゃない。オレが経典を読んで思ったことを、みんなに話すだけだ。それなら別に問題ないよな?」
「そうですね。いくら経典や儀礼書を理解しているからといって、リュートさんが司祭のように祭儀を執り行うことは認められませんが、神に招かれた転生者として、皆さまの前でお話をしていただくことには何の問題もないでしょう」
思いがけず彼女がリュートの提案を受け入れたことに、驚きをかくせない。
そんな私を見て、彼女は諭すように話しかけた。
「トゥエ。神によってこの世界に導かれた転生者が、神について語り、その慈愛を多くの方に伝えたいと考えたことを、教会が拒む理由はありませんよ」
いや、リュートが本当に神の慈愛を伝えたいと願っているかは、少々疑わしいと思うのだが、そこは良いのだろうか?
「よし!決まりだな。けど、あんまり頻繁にやると飽きられるから、月に二、三回くらいでどうだ?」
「そうですね。それでリュートさんにご負担がかからないのであれば、転生者が語る特別な礼拝を設けてもよいでしょう」
思いのほかシスター・エメリアも乗り気になっている。彼女がよいというなら問題はないはずなのだが、なぜか妙に落ち着かない。
「いいねぇ! 特別な礼拝! こういうのは特別感が大事なんだよ。いつでも聞ける話より、特別な日にしか聴けないオレの話の方が、わざわざ予定を空けてでも聴きに来たくなるだろうし」
「神の教えを説く話をしていたはずなのですが、どうしてリュートの話の価値を吊り上げる話になっているのでしょう?」
「私は悪くないやり方だと思うわよ」
「タニアまで賛成なのですか!?」
「うちの商会を見てみなさいよ。転生者御用達の店っていう肩書きをつけただけで、本当に売り上げが伸びてるのよ。トゥエの方こそリュートの転生者としての価値をもっと認めてあげなさいよ。あの容姿も含めてね」
これで三対一である。もしかして私の考え方がおかしいのだろうか?
「あはは、トゥエは真面目すぎるんだよ。確かにオレはオレの希少価値を上げて、そいつを金に換えようとしてるのは事実」
リュートが、私の頭をわしわしと撫でる。
「けどな、それは同時に、教会や信仰の価値も上がるってことなんだぜ」
シスター・エメリアは、リュートの考えに何か思うところがあるのか、ゆっくりと頷いた。
「それでは月に三度、夕刻の礼拝をリュートさんにお願いしましょう。ただし、私も必ず同席します。それから、経典や教会の教えについてわからないことがあれば、先に私へ確認してくださいね」
「もちろん。シスター・エメリアが側にいてくれるなら、オレも安心して祭壇に立てるよ」
こうして月に三度、リュートが夕刻の礼拝で祭壇に立つことが決まったのだった。
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