聖者リュート_15
年単位で更新されていないこの作品を気にとめてくださって、本当にありがとうございます。
生活が少し落ち着いてきましたので、少しずつですが執筆を再開していきたいと考えています。
みなさま。ご自身とご家族の健康には本当に気をつけてくださいね。
子供たちを連れて礼拝堂に入ると、すでにシスター・エメリアと幾人かの老人が集まっていた。
最近は教会の救護院にいる老人たちの一部が、子供たちと共に礼拝に参加しているのだ。
これは教会にとって予想外の出来事だったが、シスター・エメリアはその様子をとても喜ばしく受け止めている。
タニアと私は子供たちと礼拝堂の長椅子に腰かけ、そんな老人たちとともに礼拝がはじまるのを静かに待っていた。
「さぁ、どこでも好きな所に座ってくれよ!」
リュートの声とともに、突如、礼拝堂の扉が大きく開かれた。
振り返ると、そこにはいつも教会の入り口で様子をうかがっていたご令嬢たちが、リュートに促されて礼拝堂に入ってくるところだった。
リュートは彼女たちに微笑みを振りまくと、せっかく教会まで来たんだから礼拝に参加していかないか? と言葉巧みに彼女たちを誘っている。
彼女たちは戸惑いながらも、リュートの勧めるまま、貴族の令嬢が座るには少々みすぼらしい礼拝堂の長椅子に、ドレスの裾を払いながらおそるおそる腰かけた。
十数名ほどだろうか、すべての令嬢が席に着いたところでリュートは礼拝堂の前に進み、シスター・エメリアの後ろに控えた。
それと入れ替わるように、シスター・エメリアは一歩前に進み出ると、良く通る声で礼拝堂に集まった人々に語り掛けた。
「今日ここにいらした皆さまが一堂に会し、こうして神の教えに触れることができましたことを、心より感謝いたします」
シスター・エメリアの声が、礼拝堂に響く。
それに倣うように感謝を捧げる子供たちと老人の祈りに、戸惑いがちな令嬢たちの声が重なる。
だが、彼女たちは礼拝そのものにはあまり関心がないようで、祈りの合間にも、ちらちらとリュートの方へ視線を向けている。
当のリュートといえばシスター・エメリアが神の教えを説いている間、彼女の後ろに立ち、殊勝な顔をして静かに説教を聞いている。
彼女の説話に真摯に耳をかたむけている(ように見える)リュートの姿は、まるで敬虔な信仰を持つ聖職者であるかのように、凛として見えた。
「それでは祈りの最後に、今日の感謝を神に捧げましょう。今日初めて教会にいらした方もおみえのようですが、神への感謝は誰に強いられるものではありません。己の心のあるようになさってください」
シスター・エメリアの言葉を受けて、子供たちは一人ずつ祭壇の前へ進み、その日に見つけた花や可愛らしい石を捧げていく。
「かみさま、僕は今日、文字を三つ覚えました!」
ダリルが黄色い花を祭壇に捧げる。
「よく頑張ったな、ダリル。明日はもう一つ新しい文字を覚えようぜ」
リュートに頭を撫でられたダリルは、誇らしげに胸を張った。
次に進み出たミリアは、小さな白い石を祭壇に置くと、リュートを避けるように私の後ろへ戻ってきた。
リュートは少し寂しそうな顔をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻る。
その様子を見ていた令嬢たちから、ほうっと小さなため息がこぼれた。
子供に優しく微笑む美しい転生者。
うら若き御令嬢方の目にはなかなかの毒である。
子供たちに続いて、私はいつものように薬草の売上げの一部を祭壇の前に置いた。
「あなたの良き行いを神はいつも見ておられます。神の加護がありますように」
「ありがとうございます」
シスター・エメリアに頭を下げ、席へ戻ろうとしたところで、不意にリュートが私の手を取った。
「トゥエ、いつもありがとうな。あんたのおかげで、子供たちはちゃんと飯が食えてる」
リュートにそんな風に改まって礼を言われるとは思っておらず、私は返事に困ってしまった。
「い、いえ、私は、私ができることをしているだけですから」
「その、できることを続けるのが一番難しいんだよ」
リュートはそう言って、私の手の甲をそっと額に押し当てた。
礼拝堂のあちこちから小さな悲鳴が上がる。
異世界の挨拶だとわかっていても、皆が見ている前でこのような態度をとられるのは、さすがに落ち着かない。
「リュート、こういう場所で、その挨拶はやめてください」
「なんでだよ? 心からの感謝を伝えただけじゃん」
いや、絶対にそれだけではない。
彼は令嬢たちに見せるため、わざと大げさに私へ謝意を示したのだ。
私が席へ戻ると、今度はタニアが立ち上がった。
彼女はリュートに頼まれたとおり、祭壇の前へ銀貨を一枚置く。
「今日、古い友人と共に楽しい時が過ごせたことに感謝します。それから、うちの商会に幸運を運んでくださった、素敵な転生者との出会いにも」
「トノヴァ商会のタニア、あなたの友情と教会へのご厚志に、神の祝福がありますように」
シスター・エメリアの祝福のあと、リュートは片膝をつき、先ほど私にしたのと同じようにタニアの手を優しく取り、優雅に微笑みかけた。
背中に薔薇を背負ったリュートの微笑む姿を見て、令嬢たちが息を呑む。
なるほど。
神に感謝を捧げれば、リュートに手を取ってもらい、あの笑顔を自分だけに向けてもらえる。
彼はそのことを、集まった令嬢たちに見せつけているのだ。
タニアが席へ戻ると、礼拝堂に妙な沈黙が落ちた。
令嬢たちは、そわそわとした素振りで互いの顔を見合わせている。
やがて、一人の令嬢がおそるおそる立ち上がり、勇気を出して口をひらいた。
「あの……私も、神に感謝を捧げてもよろしいのでしょうか?」
以前、街で私にリュートのことを訊ねてきた、マロンブロンドの女性だ。
「ええ、もちろんです」
シスター・エメリアが穏やかに微笑む。
「神への感謝は、みな等しく、尊いものです。どうぞ皆さまの心のままに」
その令嬢は侍女から財布を受け取ると、中から銀貨を一枚、いや、二枚取り出した。
彼女は祭壇の前に進み出ると、二枚の銀貨を祭壇に捧げた。
「家族が皆、健やかに過ごせていることを神に感謝いたします」
「あなたの家族を思う優しい心に、神の祝福がありますように」
シスター・エメリアが祈りを捧げる。
続いてリュートが令嬢の前に進み、その手を優しく取った。
「あなたのような家族思いの心の美しい方と、今日ここで出会えたのはきっと神のお導きです。オレも神に感謝します」
リュートが微笑みかけながら優しく囁くと、令嬢の顔がみるみる耳まで真っ赤に染まった。
次の瞬間、残っていた令嬢たちが一斉に立ち上がる。
「わ、私も神へ感謝を捧げますわ!」
「私もです!」
静かだった礼拝堂は、あっという間に華やかな声で満たされ、祭壇の前には銀貨や銅貨が次々と積み上げられていった。
すべてのご令嬢からの感謝を受け取り、礼拝を終えたあとには、目の前の献金の額に驚きを隠せないシスター・エメリア、面白い見世物だったわねぇと笑うタニア、そして訳もなくとても疲れている私が残されていた。
令嬢たちを見送り、礼拝堂に戻ってきたリュートだけは、このなりゆきをすべて予想していたかのように、ただ微笑を浮かべていた。
お読みいただきありがとうございます。
みなさまにいただく応援や評価がいつも励みになっています。
更新まで本当に時間が空いてしまったことを、改めてお詫び申し上げます。
もしよろしければ今後もトゥエとリュートの人生に少しばかりお付き合いいただければ嬉しく思います。




