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黄昏の兄妹  作者: 雪野湯


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伝播する勇気

――東方地区



 マチノミへの恐怖。響く悲鳴、怒声、泣き声。

 それらはより一層人々の感情を高ぶらせて、町を混乱へと導いていく。


 その喧騒の中でディランとマイヤは、荷台へ山のような商品を載せようとしていた商売人に怒鳴り声を上げていた。

「アホか、お前! そんな量持って行けるかよっ。馬がへばっちまうぞ!」

「そうだよ。必要なものだけにしときなっ」


「そんなこと言ったって置いてけるわけねぇだろ!」

「いいから、置いてけ! 死んじまうぞ!」

「黙れ、クソガキ! お前が金でも払ってくれるのかよっ」

「あのなっ! クソ、勝手にしろっ!」


 この言葉にマイヤは戸惑いの声を漏らす。

「ディラン、だけど……」

「仕方ねぇだろ。やることはたくさんあるんだからっ」


 下らぬ問答に時間をかけている場合ではない。

 荷を運びきることが無理だとわかれば、この商人も途中で諦めるだろう。

 そう思い、ディランは彼に背を向ける。

 そこに、アーマッドとギルドの面々が声を荒げながらやってきた。



「おいっ、ディラン、大変だぞっ!」

「次は何だよっ。大変なのはもうお腹いっぱいだっての!」

「いいから聞け! ミシャが一人でマチノミに向かっていったそうだ」

「……は? ど、どういうことだよ!? ええ!」

「落ち着け、ディラン!」

「落ち着いてられるかよ! 何がどうなったらミシャがマチノミのところに行くんだよっ!?」


 ディランは心の制御を失い、アーマッドに食って掛かろうとした。

 そこにアンガおじいさんの声が割って入る。


「すまない。ワシらの所為なんじゃ!」

「え? あんたは?」

「ミシャちゃんはワシら老人や町のみんなのことを助けたくて、だからっ……申し訳ないっ。止める暇もなかった!」

「は? そんなっ。それじゃ、ミシャは今!!」


 ディランの言葉が大きく跳ねる。

 それと同時に、巨大な音が町に広がった。

 遥か町の南から、幾度も幾度も衝撃が伝わってくる。


 皆は一斉に南の空を見る。

 そこには粒ような小さな影があった。影は暴れ狂うマチノミを翻弄するかのよう飛び回っている。

 ディランは言葉を落とす。



「まさか、ミシャか……」


 彼の言葉は光よりも早く広がりを見せて、人々の心へ染み渡っていく。

 彼らは町のために、たった一人で恐ろしく巨大な存在であるマチノミに立ち向かう少女を瞳に入れ続ける。

 その中で、一人の冒険者が声を上げた。


「ミシャちゃんが……そんな、くそっ!」

 彼は腰に提げていた剣を強く握りしめた。

 アーマッドは彼に声をぶつける。


「おめぇ、何をするつもりだ!?」

「何って、加勢しに行くんだよっ!」

「加勢って、相手はマチノミだぞっ」

「わかってるよっ。だけどな、あんな小さな女の子が一人で戦ってんだぞっ。それを黙って見てろってのか、アーマッドさんよっ」

「そいつは……」

「俺は冒険者だ。ギルドに所属して、この町のために頑張ってきた。だけど、本当に町を守らなきゃならねぇときに何もせず逃げ出すなんて、情けねぇ! 俺はそんな情けねぇ、自分が嫌だっ!」

「落ち着け! とにかく、落ち着け!」

 

 アーマッドは声を荒げて、冒険者の肩を両手で押さえつける。

 だが、彼に続く声が上がった。


「そいつの言うとおりだっ。ミシャちゃんだけに無茶させられねぇ! 俺も行くぜ。たとえ、それで死んじまっても、恥さらしな人生を送るよりもマシってもんだ」

 声はさらに続く。それは女性の声。男性の声。若者の声。


「私も行くよ!」

「ああ、俺も行くぜ!」

「俺もだ! ミシャちゃん一人だけに無茶はさせられない!」


 大勢の冒険者、腕に覚えのある者たちが気焔を立ち昇らせて、ミシャに続けてと合唱する。

 彼らの狂気とも言える光景を目の当たりにして、ディランは声を産もうとした。

 産もうとした声は、彼らの背中に鉤爪を立てるもの……。


 だが、ちっぽけな爪では、鋼鉄の意志を持ってしまった彼らの背中を掴むことはできない。ディランはそれをよく知っていた。

 彼は片目を押さえ、心の中で声を広げる。


(また、これだ。ネストっ!)


 

 ディランはこの光景を知っている。

 幾度も体験してきている。


 西のミズガルズにおいて、勇者ネストは一人、巨大な敵と戦う。

 その勇気に奮い立ち、(おび)えを拭い去った戦士たちはネストに続く。

 そして、先に在るのは勝利と…………多くの屍たち。


 無用な勇気を抱いた戦士たちは、戦場に屍を築いた。

 

 勇気なき者たちに勇気を与え、誉れという栄誉を授ける存在――それは勇者。

 勇者は戦いに必要なものを伝播する。

 だが、それは同時に、多くの犠牲を産むこと。



 そうであっても、彼らは皆、後悔なく満足し、笑顔で旅立った。


 人々は彼らを讃え、歓喜する。

 残った友は勇気ある友を誇りとする。

 妻や夫、恋人たちもまた同様。

 勇者に続いた勇気ある者たちを誉めそやす。


 しかし、ディランはその影で泣く者を知っている。

 年端もいかぬ子どもたちは、帰らぬ大切な人を待ち続ける。

 たとえ大切な人が名誉ある死を迎え皆から讃えられようと、子どもたちにとっては、世界でたった一人の肉親なのだ!


 子どもは勇気を胸に抱き、恐怖へ挑んだ親を誇りとするだろう。

 だけど、その胸中は寂しさと涙に埋まっている。


 ディランはそれを許容できない……。


 彼は片目を押さえていた手を前に伸ばそうとした。

 だが、その脆弱な手では彼らを止めることはできない。


「くそっ!」


 言葉を短く吐き捨てる。

 そして、傍にいたマイヤに話しかけた。


「マイヤ……ここは頼んだ」

「え?」

 マイヤがディランへ顔を向ける。

 だが、そこには人の影など形もなかった。

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