ミシャの決意
――南方地区
ここは住宅街のため、家族連れの避難者が多くいる。
その中でミシャは、馬車の荷台に荷物を乗せようとしている家族の手伝いをしていた。
「これで荷物は全部ですね?」
「ええ、ありがとうね、ミシャちゃん」
「いえ、この程度は」
母親がミシャに礼を言う。
だが、その隣では幼い男の子が泣いていた。
「うわ~ん、いやだ~、どこも行きたくないっ」
「もう、泣き止みなさい。仕方のないことなんだから」
「いやだよっ。みんなともう会えなくなるもん」
「そんなことないよ。また、みんなと一緒に遊べるから」
「ヒック、でも、でも、お家は無くなっちゃうんでしょ? 町も無くなっちゃうんでしょ?」
「それは……」
「いやだいやだいやだ! そんなにいやだよ~!!」
男の子は地面に寝転がり、両手をバタ狂わせて泣き声を上げ続ける。
それを何とかあやそうと、ミシャが声を掛けようとした。
しかし、母親がそれを止める。
「こっちは大丈夫だから。他の方の手伝いをしてあげて」
「よろしいので?」
「うん。息子のことは私たちでちゃんとするから。だから、困っている人を助けてあげて」
「……わかりました。それでは失礼します」
ミシャは母親に促され、その場から離れていった。
そして、誰か困っている人がいないかと辺りを見回す。
すると少し離れた場所に、いつも長話をするディアンおばあさんが自宅の玄関の前で座り込んでいるのが目に入った。
「ディアンさん、どうしたんですか? お怪我でも」
「え? ああ、ミシャちゃんかい。別に怪我なんかしちゃいないさ」
「でしたら、早く避難の準備を」
「いや、その必要はないよ」
「え?」
「私はここに残ることにしたんだよ」
「どうして?」
ディアンはゆっくりと立ち上がり、裾についた土埃を落とす。
そして、慈しむように玄関の扉へ手を置いた。
「この町は私の故郷。ここには旦那が建てた家がある。思い出がある。だから、離れるわけにはいかないんだよ」
「そんなっ。それはいけません。旦那様がそのようなことを望んでいるとは思えませんっ」
「そうだろうね。ええ、そうだとも、あの人は優しい人だから。でも、私のような老人には新たな門出は厳しすぎる。それに、この老いさらばえた身体じゃ、避難の足手纏いだしね」
「それならば、私がディアンさんを運んで、」
「やめときな、ミシャちゃん」
「え?」
ミシャの背後からおじいさんの声が届く。
振り返ると、そこには頑固なアンガおじいさんが立っていた。
彼は腰を叩きつつ、杖を頼りに近づいてくる。
「こんな風に、満足に一人で動けない老人が若者の足手纏いになっちゃいけない。ミシャちゃんは逃げなさい。ワシたちはもう十分生きたから、大丈夫だ」
「そんな……駄目です。私は多くを救うために生まれました。守るために生まれました。皆さんを見捨てることなどできませんっ」
「その気持ちは嬉しいさ。とっても嬉しい。だけど、ここにいる老人はワシたちだけじゃない。辛いことを言うようだけど、ミシャちゃんだけの手では足りないんだよ」
「それは……」
「ありがとう、ミシャちゃん。孫のいなかったワシじゃが、最後に孫を持つ幸せをくれて。さぁ、早く逃げなさい。もっと、ミシャちゃんを頼りとする人たちのために……」
アンガとディアンはとても朗らかに微笑んだ。
それは死を前にした者とは思えないほどの、落ち着いた笑顔。
ミシャの心はその笑顔に痛みを覚えた。
彼女は視線を二人から外す。
するとそこには、泣き叫ぶ子どもたちがいた。
泣き声はミシャの耳奥を刺激する。
彼女は耳を塞ぐ。
だけど、声は鼓膜を反響し、決して消えない。
彼らの悲鳴と涙と笑顔が、ミシャの中に宿る目覚めたばかりの感情を大きく揺さぶる。
その感情は、ある見解を産んだ。
それは……。
――本当にこのままでいいのか?――
何もせず、町を捨てることが正解なのか?
真っ先にやるべきことがあるのではないか?
ミシャは耳から手を放し、顔を上げて、南へ顔を向けた。
南から訪れるは、強大な敵。
情報もなく、危険度もわからない敵。
戦うという選択肢は、決して賢い選択ではない。
だが……。
(私は、皆さんを守りたいと思っている。皆さんが愛するこの町を、マチノミから守りたいと思っている)
一歩、前に踏み出す。
しかしそこへ、最重要任務が電流のように脳を走り抜ける。
ナシェヤードの修復。そして、連邦との送話を開くこと……。
そのために自身を危険に晒すわけにはいかない。
連邦の住人でもない人々のために、連邦の戦闘人形たる自分が命を賭してはならない。
(だけどっ)
ミシャは右手でギュッと胸を掴んで、力を籠めていく。
そして、もう一度顔を上げて、まほろばの町を瞳に入れた。
彼女は町を目にして、論理に感情を溶け込ませ、それを積み上げていく。
(この町にはナシェヤードの修繕に必要な道具類が存在する。技術が存在する。守るべき対象に値する。連邦と連絡を取るためには必要不可欠な町っ。だからっ)
ミシャは胸から手を放し、空を仰いだ。
すると、彼女の纏っていた青い制服は白い輝きに包まれ、それが消えると、身体の線にぴたりと張り付いた黒いレオタードのような姿を取った。
その衣装の肩から腹、そして足にかけて紫のラインが走っている。
ミシャは右手を水平に伸ばした。
その動作に合わせるかのように、彼女の背には機械仕掛けの羽が現れる。
羽からは青白い粒子が溢れ出し、それはまるで宝石の輝きと纏う妖精の羽のようであった……。
次に、左手を前へ伸ばし、彼女は呟く。
「次元変換砲!」
決意の響きに応え、左手が白い輝きに包まれる。
輝きはすぐに消え去り、半透明に輝く蝶のような形をした盾となる。
盾の先には大筒が仕込まれてあり、それは攻と守を併せ持つ武具だと感じさせた。
傍にいた老人二人は、ミシャの変わりように声を上擦らせる。
「ミ、ミシャちゃん?」
「い、一体なにが?」
ミシャは驚きを交える二人へ、覚悟を秘めた力強き瞳を見せた。
「私は町を守るために、全力を尽くします。だから、お二人も最後まで諦めずに、戦ってください」
ミシャは年老いた二人に逃げろと言わず、戦えという言葉を残して、空へと飛び上がり、マチノミが待ち受ける南へと向かっていった。
アンガは身体と声を震わせる。
「た、大変だ……ミ、ミシャちゃんがマチノミに! 早く、ギルドの連中に知らせないと!」




