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黄昏の兄妹  作者: 雪野湯


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狂騒

 喧騒が洪水となり、まほろばの町を飲み込んでいく。

 大勢の人々が怒声と悲鳴の混じり合う声を上げながら、必要最低限の荷物を家から持ち出し、町から逃げ出す準備を行っていた。


 彼らの避難誘導にギルドの所属する冒険者たちは駆り出され、その中にはミシャやディランの姿もあった。

 ミシャは彼らに落ち着くよう呼びかけつつ、ディランから聞いた『マチノミ』ついての話を思い出していた。



――

「マチノミ? なんですか、それは?」

「名前のまんま、一つの町を飲み込んじまう、巨大な魔物だ」

「ということは、あのマチノミはこのまほろばを狙って?」

「たぶんな。すぐに町のみんなを避難させねぇと」

「避難? 町は?」

「残念だが、おしまいだ」

「一戦も交えることなく、放棄すると?」


 この問いに、ディランは小さな沈黙を挟んで、苦々しそうな声を出す。

「以前、西にもマチノミが現れた。そいつは今回のマチノミと違い、身体は一回り小さく、鱗もない軟体系のマチノミだった。それでも、そのマチノミを倒すのに、俺やネスト、フレイヤ、フリッグ、エイヤ。そして、名のある戦士のたちの力が必要だった」


「ネスト、フレイヤ……?」

「西で魔族相手に勇者をやっている連中だ。全員が一騎当千の化け物揃い。それほどの連中が揃って、マチノミにぎりぎり勝てた。だけど、ここにはいない。ここで戦力になりそうなのは、俺とお前だけ。どうしようもできない」


「それはわかりません。一度交戦して、データを集めてみないと」

「その通りだ。だが、あのマチノミはもう目の前にいる。幸い、動きは鈍い。だから下手に刺激を与えて、活発になってもらっては困る。なったら、町の住民を逃がす時間が無くなる」

「なるほど。では、避難を優先するというわけですね」



――

 ディランの判断は正しい。ミシャも同意であった。

 敵の能力は未知数。

 背後に守るべきものがないのならば、情報収集のための戦いを挑んでも構わなかったであろう。

 しかし、彼女の背には多くの命が存在する。


 即ち、優先すべきは大勢の命……。


 ミシャはディランに従い、住人の避難誘導を行っていく。




――まほろば中央・町役場・セフォレアムタワー



 町の中心にそびえ立つタワーの上階。その会議室でもまた、町の人々と同じく怒鳴り声が響いていた。


「マチノミだと? どうしてそんなものがっ!?」

 小太りで、脂ぎった顔をテカテカに輝かせている浅黒い肌の中年の男性が、拳で円卓を打ち据えた。

 彼の声に町長山田は、紳士らしい落ち着いた佇まいで答える。


「わからない。この周辺にマチノミなどいなかったはず」

「元々眠っていて、何かの拍子で目覚めたのではないのか?」

「それは我々の先祖が調査済みのはずだが……調査の手が及ばない、地中深くに潜んでいたのかもしれないな」

「くっ。何にせよ、手を打たねばっ。町の防衛システムでは何とかならんのか?」


「無理だ。シールドで数時間ほどは耐えられるが、そのあとは……とにかく、今は町の住人をできるだけ遠くへ逃がすほかあるまい」

「そして、どこへ行くというのだ?」


「それは……わからない。だが、マチノミは生命体よりも人工物を好んで食するという特性があると聞く。この町が餌となれば、奴は満足し、再び数百年の眠りにつくだろう。そうなれば、多くの命は助かる」


「そのために、この『まほろば』を犠牲にすると!? ここは我らがご先祖が遺した偉大なる町だぞ! それをあんな化け物の餌にくれてやると!?」

「ならばダシュゲニヤ! 他にどのような手があるというのだ!」


 山田は声で、ダシュゲニヤと呼んだ男を殴りつけた。

 しかし、彼はひるむことなく、こう言葉を返す。

「戦闘人形がいるだろう! 連邦の名でアレに命じればいい。アレはナシェヤードの護衛人形。アレならばマチノミ如き!」

「残念ながらそれは不可能だ! それはあなたもわかっているだろう。あのマチノミは、いや、この星にいる生命体は全て連邦の、我々の力が及びにくいことをっ」


――


 彼らの会話の様子から、町の統治者たちにはマチノミを破る術がないようだ。

 だから、住人は町を捨てるしかなかった。


 多くの者たちは前触れもなく慣れ親しんだ町を離れることに嘆き悲しむ。

 だが、ディランは命を重きに置けと大声を上げ、彼らの嘆きを塗りつぶす。


「逃げろ逃げろ逃げろ逃げろっ! 命あっての物種だ。余計な荷物は捨てろ。今は生き残ることだけを考えろ!」


 その過酷な声の響きに、人々は涙で頬を濡らし顔をくしゃくしゃにしながらも応え、足先に力を籠めて何とか歩いていく。

 ディランの隣では、マイヤも住人と同様に悲痛の声を漏らしていた。


「こんなのって……さっきまで子どもたちと馬鹿なことをしてたってのに、なんでこんなことに……?」

「マイヤ。今は生き残ることだけを考えろ。気持ちはわかるが」

「昨日今日来たあんたに何がわかるってのさっ!」

「それは……その、すまない」



 ディランはマイヤから顔を背けた。

 彼の態度を見て、彼女は我に返る。

「す、すまないね。つい……」

「いいって、故郷を失う気持ちはよくわかる」

「そうか、あんたもそうだったね……そうだね、生きてさえいれば、やり直せる。マチノミがいなくなったら、また町を再建すればいいだけ。だって、人はたくさんいるんだから」


 そう言い、彼女は前を向いた。

 そして、潤んだ瞳を手でこすり、視界を大きく開き、声を張り上げる。



「ほら、そこ、惚けてない! 荷物を纏めな。そこのっ、あっちの人の手伝いをしてあげな。ほら、荷台にはまだ隙間があるだろっ」

「マイヤ……」

「ふふ、さっきはらしくないところ見せちまったね。私としたことが……」

「なに、そんな弱気なマイヤもなかなか可愛いぜ」


「はんっ、こんな時に口説こうってかい? 言っとくけど、あんたは私の好みとはかけ離れているから脈はないよ」

「え、マジか?」

「ほんともほんとだよ」

「うへぇ~、傷つくなぁ……仕方ねぇ、今はみんなを避難させることで傷を忘れるとするか」

 

 ディランは再び大声を上げながら、避難の準備にもたついている人々の背中を押そうとした。

 そこでミシャの姿が見えないことに気づく。


「そういや、ミシャは?」

「あの子なら南方地区の方へ応援に行くって言ってたよ。あそこは住宅街でお友達の子どもたちが多いから」

「そうか。ここの様子が一段落を終えたら、応援に向かうか」

「ふぅ~、そうだねぇ」

 

 マイヤは狂騒に踊る住民を瞳に入れる。

「終わるかね?」

「はぁ、頑張るしかねぇな」

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