過ぎるネストの影
――東方地区・宿屋『ヒスイカズラ』
ミシャの人気ぶりをマイヤからかいつまんで聞いていたディランが両手で顔を覆っている。
「う~ん、なんだろう。いや~な、記憶が込み上がってくるんですけど~」
「どうしたんだい?」
「いや、俺の知り合いに超人気者がいてな。それとミシャが重なるっつうか」
ディランの脳裏に過ぎるは、勇者ネストの影。
ネストもまた、訪れた先の町の者たちに愛され、無意識に人気を我が物としていた。
彼は顔を大きく横に振るう。
「いや、違う違う違う。ミシャとあいつは違う。あいつは先天的に主人公肌だけど、ミシャは可愛いくて、優しいだけだから……あいつもカッコよくて、優しいよな……いや、違う違う違う」
「あんた、大丈夫かい?」
「う~ん、あんまり大丈夫じゃないかも……すっげぇムカつく奴とミシャが重なってる」
「はぁ? そいつは何もんだい?」
「名前出したくねぇんだなぁ。出したら、まず質問攻めになるだろうし」
「うん?」
「えっとな、簡単に言うと、俺から女を掠め取った男」
「ふむふむ、簡単に言うと、あんたに魅力が無くて、その男に女を奪われたわけだね。それで逆恨みをしていると」
「違う! ぜんっぜん違う!」
「何が違うってのさ?」
「あいつはさ、主人公気取りで無茶しまくるんだよ。その尻拭いを、俺が毎回毎回毎回やってんだぞ。なのに誰も俺のことを気に掛けず、目立ちまくるあいつだけに人気が集まる。くわぁ~! 話してたらイライラしてきた」
「よくわからないけど男の嫉妬はみっともないよ。誰かに認められたいなら、その人を非難するんじゃなくて、あんた自身が変わらなきゃ」
「この、宰相と同じようなこと言いやがって……」
「さいしょ?」
「何でもねぇよ。はぁ、気分転換にギルドへ顔でも出してくるわ」
「ご飯は?」
「外で適当にとるよ」
ディランは席を立ち、宿から出て行った。
だが、出た先ですぐ、数人の子どもたちの声に交じりミシャが姿を現した。
「あ、お兄ちゃん」
「お、ミシャか。って、何だこのがきんちょどもは?」
ディランが視線を下へ降ろすと、十にも届かないであろう、幼い人間や獣人の男の子女の子たちが彼に指を差してきた。
「え~、こいつがミシャのお兄ちゃんなの~。似てね~」
「ミシャちゃんのお兄ちゃんならぜっ~ったいカッコいい人だと思ったのに~」
子どもたちはディランをじろじろ見ながら、何やら品定めをしている様子。
それらに青筋を立てながら、ディランはミシャに尋ねる。
「なんだこいつら? 俺に喧嘩でも売ってんのか?」
「いえ、そういうわけでは……お兄ちゃんに会ってみたいと言われたので、宿へ招待したのですが、迷惑でしたが」
「別に迷惑じゃねぇけどよ。ちょ~っと、年上に対する態度がなってねぇなぁ」
そう言って、ディランは一番年上そうな獣人の男の子の猫耳を摘まんで引っ張る。
「おい、年長者に向かってこいつとはなんだ、こいつとは」
「いたたた、放せよ~。放さないとこうしてやるっ」
男の子は猫耳を掴んでいる手にシャキンと猫爪を立てた。
「いったっ。ばか、つめつめっ!」
「よし、ひるんだぞっ。いまだ!」
「な、なに!?」
男の子が号令をかけると、周りにいた子どもたちが一斉にディランへ襲いかかってきた。
「隊長を助けるぞ~」
「やっちゃえやっちゃえっ」
「ぼっこぼこだ~」
「ちょっと待て、お前ら! ひきょうだ、ぎゃ~!!」
ディランは子どもたちの取り囲まれ、容赦のない攻撃に晒される。
やがて、子どもたちの攻撃が止み、地面にはズタボロの布切れと化したディランの姿が……。
男の子が様子を伺いつつ、声を出す。
「やったか!?」
「やってねぇ~!」
ディランはむくりと起き上がり、両手を高く上げる。
「フハハハハ、この程度の攻撃で我を倒せると思うてか?」
「こ、こいつ、手強いぞっ。みんな、もう一度一斉攻撃だ!」
「お~!」
子どもたちは再びディランに飛び掛かった。
それをディランは、捕まえてはこしょこしょとくすぐり、掴んでは振り回し、時には蹴られ殴られドタバタを埃を立てる。
その様子を店内で見ていたマイヤが盛大な怒鳴り声をぶつけてきた。
「あんたたちっ、店の前で何暴れてんだい!」
しかし、ディランはどこ吹く風とばかりに子どもたちに共闘を持ちかける。
「おい、お前ら、とんでもない強敵が現れたぞ。ここは一時休戦にして手を結ばないか? そうでもしないとあいつには勝てねぇ」
「ふん、いいだろう。敵の敵は味方ってな。行くぞ、お前ら」
「おお!」
ディランと子どもたちはマイヤに襲いかかろうとした。
だがマイヤは、ガシッとディランをふん捕まえて、彼の首を両腕でクロスしてキュ~ッと絞め始めた。
「ちょっ、マイヤ。くるし~。まじでくるし~」
マイヤはディランの言葉を完全に無視して、子どもたちに声を掛ける。
「あんたたちねぇ。遊ぶなとは言わないけど、店の前で遊んじゃ駄目だよ」
「ええ、だって~」
「だってじゃない。言うこと聞かないと、ディランみたいになるよ」
「うが、ががが、ぐぐぐぐ」
ディランは空気を求めて、両手でマイヤの手に何度もタップし、両足をバタつかせる。
その姿を見て、子どもたちは不満そうに口を尖らせながらも遊ぶのをやめた。
「ちぇ~、つまんねえの。みんな、南の広場で遊ぼうぜ~」
「うん。ミシャちゃんはどうする?」
「私は酸素不足に陥っているお兄ちゃんを助けないといけませんので」
「わかった、またねミシャちゃん」
子どもたちはミシャに手を振って、広場の方へ向かっていった。
子どもたちがいなくなったところを見計らって、ディランがマイヤに声を掛ける。
「あの、そろそろ、外してくれないか。結構、マジで、苦しいんで」
「そうだろうね。かなり本気で締めてたからねっ」
彼女は声に怒りを籠めつつもディランを解放した。
「はぁ~、きっついなぁ」
「何がきついだよ。いい歳して、子どもたちとはしゃいで」
「あははは、悪い悪い」
ディランは屈託のない笑顔を見せる。
彼の子どものような笑顔を目にして、マイヤはしょうがないと両手を腰に当てつつため息を漏らした。
「はぁ。あんたは見た目はそうでもないけど、子どもに相当甘いねぇ」
「俺を見た目からどんな奴だと思ってたんだよ?」
「子どもを相手するなんざ面倒だ。そんな奴だと思ってた」
「そう見えるか?」
「普段のだらしなさを見るとね」
「そうか……ちょっと、のんびりしすぎたかな」
西のミズガルズでは毎日のように剣を振り、血を浴びていた。
だが、このまほろばに訪れてからは、とても穏やかな日常という時間が流れていく。
彼はその心地良い時間に、戦士である自分を忘れて身を預けていた。
「はぁ、そろそろ、真面目に仕事をした方がよさそうだな。勘が鈍っちまう。そういうことで、ミシャ。俺はギルドに顔を出すつもりだが、お前はどうする?」
「その件ですが、現在ギルドには私たちを必要とする仕事はないそうです。ですが、近々盗賊退治の仕事が舞い込む可能性があるそうです」
「盗賊退治ねぇ。そいつらどこに居るんだ?」
「南の方だと、アーマッドさんは仰っていましたが」
「南か」
ディランは南へ顔を向けた。
そして、遠くを望むような視線を見せている。
マイヤは彼のそんな態度に呆れ声を出した。
「ここから南を見たって、建物が邪魔をして何も見えないだろ」
「はは、まぁな……っ!?」
大地が僅かに揺れる……同時にディランは一瞬、大きく目を見開いた。
そして、姿を消す。
マイヤは地震といきなり視界から消えたディランの姿に驚きの声を出し、すぐにミシャに問いかけた。
「ディラン!? ミシャ?」
当のミシャはシャラノを浮かべて、鏡面を凝視している。
「今のは地震ではないようですね……これは、そんなっ!?」
「ミシャ、どうしたんだい?」
「マイヤさん、失礼します!」
「え?」
ミシャは大きく飛び上がり、宿の屋根の上に立つ。
そして、屋根伝いに、この地区で最も背の高い、教会の時計塔を目指して駆けて行った。
――
「お兄ちゃん」
「来たか」
教会の時計塔の上にはディランが立っていた。
遅れてきたミシャは隣に立ち、シャラノを浮かべる。
「南に巨大な生物の反応……鱗と思われるものが表面を覆っている。一体、何の生命体ですか?」
問われたディランはこめかみから冷や汗を一筋落とし、南に蠢く巨大な存在の名を口にする。
「マチノミ」




