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黄昏の兄妹  作者: 雪野湯


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32/40

人気者のミシャ

――まほろば・東方地区



 ミシャはたくさんの店が軒を並べる通りを歩いていた。

 理由はもちろん、ナシェヤードの修繕に必要な道具類を探すためだ。

 だが、それは遅々として進まない。

 そのわけは……。



「ミシャちゃん、ミシャちゃん。ちょっと、こっちにおいで」

 顔に深い皺を刻むお爺さんが杖を片手にミシャを手招きする。

 お爺さんの纏う雰囲気は頑固一徹。

 だが、どういうわけかミシャの姿を見た瞬間、顔は綻んでしまった。

 

 

「どうされました、アンガさん?」

「美味しそうなお菓子が手に入ってね。これをミシャちゃんにお裾分けしたくて」


 お爺さんは袋一杯に入ったキャンディやクッキーを差し出す。

 すると、近くにいた別のお爺さんがやっかむような声を上げた。


「まったくよく言うよ。わざわざ、お菓子屋へ買い出しに行ったくせに」

「やかましいわっ。引っ込んでろ!」


 お爺さんは大粒の唾を飛ばしながら相手を威嚇する。

 だが、彼へのやっかみ声は収まらず、別の方向からも声が飛んでくる。


「ほんとだよ。昨日も一昨日も、お菓子を渡してたくせに」

「だから、やかましいと言っておるじゃろうがっ!! 叩き割るぞ!」

 お爺さんは杖を振り回して二人へ殴りかかろうとした。

 それをミシャが止めに入る。


「駄目ですよ、アンガさん。また、腰を痛めてしまいます」

「いや~、それはもう、大丈夫じゃ。なんていったってミシャちゃんがっ、あたたた」

「ほら、つかまってください」

「すまないねぇ」


 さっきまでの威勢はどこに行ったのか、アンガはミシャに寄り添いとても温和な声を上げた。

 その様子を殴られそうになった二人が目配せをし合い、呆れた声を漏らす。


「まほろば名物の頑固ジジイもミシャちゃんにかかれば形無しだな」

「たしかに。だけど、よくもまぁ、あそこまで変わるもんだ。最初はミシャちゃんを怒鳴りつけてたくせに」


 

 アンガはとても怒りっぽく、人を寄せ付けない老人であった。

 だが四日前、ミシャと出会い、彼は変わった。

 

 アンガは腰を痛め、道にうずくまる。

 道を通る者は彼を助けようとしたが、誰かに頼ることを恥と感じていたアンガは大声を上げて、親切な人々を追い払う。

 皆はその様子に苛立ち、諦め、立ち去って行った。

 

 だが、その中でミシャだけはアンガを献身的に介抱した。

 介抱している間も、アンガはミシャに怒鳴り声を上げ続ける。

 しかし、彼女は一切動じない。


 それはミシャがわかっていたからだ。

 アンガが如何に大声上げて人を遠ざけようとしても、腰の激痛から逃れたいと助けを求めていたことを。

 それは人と人の心の通じ合いと呼ばれるものではない。

 ミシャの観察力と、シャラノによる診断が、アンガが心の底では助けを求めていると判断したからである。


 しかし、そのようなことはアンガにはわからない。

 アンガが目にしたのは、どんなに冷たく当たろうと、自分に優しく接してくれる少女の姿だ。

 その姿が閉ざされた彼の心に雪解けの時を迎えさせた。

 

 いや、すでにアンガの心は人を欲していた。

 彼は長年張り続けた意地を捨て去ることができなかっただけだ。

 だが、ミシャはその意地を捨て去るきっかけを作ってくれた。


 

 ミシャはアンガからお菓子を貰い、別れ、南方地区へ向かう。

 そこでは話の長い、ディアンおばあさんの相手をする。

「この家はね、私の夫が一から建てた家でね。とても大切な家なんだよ。子どもたちはみんなここで育った。そうだってのに、なかなか顔を見せに来やしない。寂しいもんだよ。そうそう、私の若い頃はね……」


 老人の長話など、大半の若者は聞きたくもないだろう。

 しかし、ミシャは嫌がる顔を一切見せず、ディアンおばあさんの話に聞き入る。

 おばあさんが話に満足したところで、彼女はミシャにお菓子を渡し、ミシャは場所を移動した。

 


 その途中で町の子どもたちと出会う。

 彼らにお菓子を分けつつ、一緒に遊ぶ。

 この子どもたちとは子守りの依頼を通して出会ったのだが、依頼がなくともこうして一緒に遊ぶ友達関係を築いていた。

 

 

 しばらくして、彼らの母親たちがやってきた。

 野菜が安かったようで、手には大荷物。

 ミシャはそれを運ぶ手伝いをする。

 すると、子どもたちもミシャの真似をして、お母さんの手伝いを始めた。



 手伝いを終えて、昼食をご馳走になり、東方地区へ移動する。

 相も変わらず、ここは工業音でやかましい。

 そのやかましさに拍車をかけるように、あのドワーフとエルフが喧嘩をしている。

 だが、ミシャが現れると、二人はばつの悪そうな顔を見せた。



 まず、ミシャはドワーフに話しかける。

「グランさんは精製が得意でしたよね。高純度のアダマンタイトが欲しいのですが、手に入りますか?」

「アダマンタイト? 手に入れられるが、何に使うんだ?」

「密閉度の高い装甲に使用したいのですが」

「それなら、アダマンタイトよりもアポイタカラの方がいいかもな」


「それは貴重金属だと聞きましたが?」

「まぁ、そうだが、何とかならんでもない。時間はかかるが」

「そうですか、では、手配をお願い致します。支払いの方はギルドという場所で仕事を請負い、必ずお支払いしますので」

「ガハハッ、たしかにミシャほどの凄腕なら大金を稼ぐなんてわけないな。よしっ、任しとけ」

 


 次にエルフに話しかける。

「トラディさんは魔導の研究家で魔道具の細工や工作が得意と聞きました。魔力を種別に分けられる装置のようなものはありますか?」

「種別にか? たしか、ハヤテ式分離機が……いや、この場合はエアロ探知機の方がいいか。エルフの国の『アルフヘイム』から取り寄せられるだろう。しかし、何に使うんだ、そんなもの?」


「私は魔力に詳しくありません。また、私の知る魔力は一種類です。ですが、ここには多くの種類があるので、学びたいと思っています。そこから有用なエネルギー源を入手できるかもしれませんので」

「君も研究者、というわけか? よかろう、少々手間はかかるが本国に問い合わせてみよう」

「お願いします」


 

 先ほどまで喧嘩をしていた二人はミシャを挟んで、いがみ合うことなく、ごく普通に会話を行っている。

 その様子を近くで見ていた薬師くすしである、吸精鬼ヴァンパイアのリリスが微笑みを挟み入れた。


「フフフ、あなたたちもミシャにかかったら借りてきた猫のようになってしまうね」

「なんだ、リリスか」

「何の用ですか?」

「そう、棘をつけないで。傷ついてしまうから。どう? ミシャを挟めば大人しくなれるんだから、普段も仲良くしては?」


「断る!」

「こっちこそ!」


「あら、どうして?」


「ミシャは戦士として認めるがこいつは違うっ!」

「ミシャさんは礼節を尊び知的ですが、彼は違う!」


「ん、だと、この耳長!」

「黙れ、このチビ髭!」



 二人は歯を剥き出しにして睨み合う。

 リリスは肩を竦めて、ミシャに声を掛けた。


「まったく、はたから見れば、仲良しさんにしか見えないわね」

「それは同意しかねますが」

「そう? ま、いいわ。むさ苦しい男たちの喧嘩なんて放っておきましょう。ミシャは何か用があるんでしょ?」

「特に急ぎの用はありません。今は町の方々から色々な情報を集めている最中です」

「よくわからないけど、大変そうね」

「大変かどうかの目途もついていないところです」

「だったら、大切な用事のためにここから離れなさい。その二人のじゃれ合いは今に始まったことじゃないから」


「誰がじゃれ合いだ!」

「そうですよっ!」


 二人は雁首揃えて、こちらへ振り向く。

 リリスは笑みを交え、流し目をミシャに向けた。

「ねっ」

「確かに心配はなさそうですね。わかりました。それでは失礼します」



 ミシャは東方地区を離れ、北方地区に向かい、孤児院の手伝いをして、東方地区へと戻ってきた。

 そこにあるギルド『プランバラン』に顔を出す。


「こんにちは。お仕事を戴きに来ました」

 この声に、ギルド内にいた冒険者たちが応える。

 ここ数日、ミシャは簡単な仕事を請け負い、その過程で皆に認められる存在となっていた。

 プライドの塊のような彼らが胸筋を開いたのは、ミシャの冒険者としての技量もあるが、ミシャの愛らしさと、どんな屈強な相手でも一切物怖じをしない度胸。そして、誰に対しても全く差のない礼儀正しさが、好意的に受け止められていたからだ。



「ミシャか」


 ギルドの長である、アーマッドがギルドの奥からのそりと現われた。

「昨日だったか。俺が留守の間にスリ集団を捕まえてくれたそうだな。礼を言うぜ」

「いえ、依頼された仕事を完遂しただけですので」

「謙虚だねぇ。どっかの連中も見習ってほしいもんだ」


 と、言いつつ、ギルドにたむろっているむさ苦しい連中を睨みつけた。

 彼らは耳を塞いで聞こえないふりをする。


「まったく、こいつらは。下らねぇことですぐ自慢話をしやがるからなぁ」

「あの、お仕事は?」

「ああ、すまない。今のところミシャに任せられそうなのはないな。だが、近々、盗賊退治の仕事が入ってくるかもしれねぇ」

「盗賊退治ですか?」

「最近、まほろばから離れた南の方で暴れてるらしい。もしかしたら、こっちに仕事が回ってくるかもな」

「そうですか」

「そん時は、ディランにも声を掛けておいてくれ……そういや、最初に来た日以降、まったく見かけねぇが、あいつどうしたんだ?」

「毎日早めに就寝して、お昼まで寝ています」

「寝すぎだろ。とんだ宿六だな」

「とは言い切れません。お兄ちゃんは久々の休息に心を休めているのだと思います」



 ミシャはディランのことを詳しくは知らない。

 だが、彼が幾度も死線を潜り抜けてきた戦士であることは、戦闘人形として宿している情報と経験が教えてくれた。

 そして、そういった戦士には、時に休息が必要なことも……。


「そうか……ま、なら、仕方ないな」

 アーマッドは自身の顔の傷を撫でて、言葉を落とす。

 彼もまた、若かりし頃に死線を潜り抜けてきた戦士。

 だから、戦士にとって大切な休息を知っている。

 彼は腕を組み、少し体を仰け反らせる。



「だが、あんまり休みが過ぎると身体も心も鈍っちまう。様子を見て、ケツを叩いてやれ」

「お尻を……やはり、この惑星せかいではやる気を起こさせるためにお尻を叩く習慣があるのですね」

「うん?」

「しばらく様子を見て、お兄ちゃんのお尻を叩こうと思います」

「そうか、そうしてくれ」

「では、失礼します」

「おう……おっと、ちょっと待ってくれ」

「何か?」

「えっとな……」


 アーマッドは手を頭に当てて、指先でこめかみをポリポリと掻く。

 口は何かを言い難そうに、もごもごと動くだけ。

 彼は頭から手を放して、言葉を前に飛ばす。



「いや、何でもねぇ。気にしないでくれ」

「そうですか? では」



 ミシャはギルドから出て行った。

 アーマッドはため息交じりの声を漏らす。

「あの様子だと、町長はまだ接触を図っていないようだな。町長の山田様はともかく、評議会の連中がミシャを放っておくとは思えねぇ。こりゃ、一波乱ありそうだ」

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