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黄昏の兄妹  作者: 雪野湯


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ディランと魔族

――ディランがミシャと共に過ごすようになり、一週間が経った……。



「ふぁ~、ねみぃ~」

 ディランが大欠伸を見せながら、宿の階段から降りてくる。

 それをマイヤが見咎め、両手を腰に当てつつ頭から煙を飛ばし、ディランはそれをあくび交じりに受け流しながら近くの席に座った。



「まったく、何時だと思ってんだい! 毎日毎日ごろごろして。ギルドに仕事でも貰いに行ったらどうなんだい!?」

「ふぁ~あ、いや、行こう行こうとは思ってんだけどねぇ。こう、ごろごろできる時間が今までなかったから、つい怠けちまった」

「まるで昔は働き者だったような言い草だね」

「そりゃそうさ。つい最近まで、ほとんど休みなく魔族相手に殺し合いをしてたんだぞ。西には『まほろば』のようなのんびりした町はないからな」




 この言葉を聞いて、マイヤははっとした表情を見せ、申し訳なさそうな態度を取った。

「そういや、ディランは西からやってきたんだったね。あっちは大変だって言うけど、そうなのかい?」

「まぁな。西大陸トゥーレからさらに西にある大陸『アトランティス』からひっきりなしに魔族どもが攻め込んできやがる。西に眠る暇はねぇからなぁ」


「申し訳ないね。東側が平和なのは西が壁となって、私たちを守ってくれているから」

「そのぶん、東側は食料や物資を安く西に回してくれるからな。ま、お互い役割があるってことで……そういや、東には魔族はいないのか? 大半はアトランティスからやってくるが、少数の魔族が東にも住んでいるとかなんとか」


「ああ、いるさ。噂だけど、このまほろばの近くに隠れ里があるなんて話もあるね」

「……ふふ。そっか、いるのか」



 ディランは東大陸に魔族がいることを喜んだ。

 それは、僅かではあるが家族の仇が逃げ込んでいる可能性があったからだ。

 薄ら笑いのような笑みを見せるディランに、マイヤは怪訝な顔を向ける。


「どうしたんだい?」

「うん? たいしたことじゃないさ。それよりも、東では魔族と交流があったりするのか?」

「あるわけないだろ。魔族と私たちは不倶戴天の敵同士」

「そっか。まぁ、そうだよな……」


 ディランは言葉尻を弱々しく漏らし、頬杖をついて外を見渡せる窓へ顔を向けた。

 そして、少しだけ寂しそうな顔を見せる。

 その奇妙な態度が気になりマイヤは声を掛けた。



「ディラン、どうしたの? 急に黙り込んで」

「うん? いや、このまほろばは色んな連中がいるだろ。正直、西じゃあり得ねぇ光景だ。だから、もしかしたら、その中に魔族もいたりするのかなぁってな」

「そんなわけないだろ。さっきも言った通り、あいつらとは骨の髄まで敵同士なんだから」

「敵同士か……ま、そうなんだが……中身は変わりゃしねぇんだがな。どんな種族も」



 そう言って、再び窓の外へ視線を向けた。

 窓の外では大勢の種族が闊歩している。

 マイヤはディランが何度も見せる、その不可思議な態度がどうしても気になった。


「あんたは魔族と殺し合いをしてたんだよね? なのにどうして、そんな魔族の肩を持つようなことを」

「別に肩は持っちゃいないさ。ただ、お互い殺し合いに明け暮れていると、どっちもどっちだなと思い始めちまった」



 ディランは遠くを望む。

 彼は瞳には町の風景は映らず、空を越え、西の故郷を見ている。

 瞳を故郷からマイヤに戻し、とても軽い口調で、とても重い事実を口にする。


「俺の家族は魔族に皆殺しにされちまった。村ごとな」

「えっ?」

「俺は復讐に燃えて、その魔族たちを追って戦場を駆け巡ったが、結局そいつらの影すら踏めなかった。だけど、その間にいろんなもの見ちまった」

「……それは?」

「とある貴族様が小さな魔族の村を襲った。そこにいたのは老人や子どもばかり。その貴族様はそいつらを皆殺しにしようとしたんだ。あの時の光景は今も忘れられねぇよ」



 ディランは語る、戦争の狂気を。

 村にいたのは、全て、剣を持つことのできない、か弱き存在。

 だが、貴族は兵に命じて、彼らの虐殺を始めた。


 村には悲鳴が轟き、子どもの泣き声が空を切り裂いていく。

 ディランはその光景を、かつての自分の村と重ねてしまった。

 だから、彼は……。



「蛮行を止めるために、その貴族を殺しちまった……」

「そう、なのかい……」

「そのあとの処理が大変でなぁ。色んな連中に迷惑を掛けちまった。何とか反逆罪だけは逃れられたけどな。ネストあいつのおかげで……」

「あいつ?」


 ディランはマイヤの問いかけに応えず、困ったような笑いを見せる。

 そして、問いを置き去りして、言葉だけを終わりへと進めた。


「まぁ、西ではそういうことが俺たちにも魔族にも当たり前のように行われていてな。憎むべきなのは種族なのか、それへと掻き立てる負の感情なのか、わからなくなっちまった」

「そんなことが……その、ディラン、なんと言ったらいいか」


 マイヤは思いもよらぬ、ディランの過去に言葉を詰まらせる。

 しかし、彼の表情はいつもと変わらず、言葉も飄々とした感じを崩さない。

「別に何も言わなくていいさ。全部を見れば、誰を憎めばいいかなんてわからない。俺はただ、家族と故郷を奪った奴が憎い。種族関係なくな。そういうことにしておいただけだ。はは」


 ディランは言葉の終わりに笑顔を置いた。

 マイヤには、それに答えられるだけの言葉も表情もない。

 僅かに口端を引き攣るように笑顔返すだけが精一杯だった。



 ディランはパタパタと手を振って、陰鬱な空気を吹き飛ばす。

「寝起き早々話すような話題じゃなかったな。それよりも朝食をくれないか?」

 彼はちらりと窓を見る。

 太陽はすでに空高くに上がり、朝とは呼べない。

 その態度の意味をマイヤはよく知り、いつものように答える。


「何が朝食だい、お天道様はもう真上だよ」

「あはは、確かに……そういや」



 ディランは店を見回して、マイヤへ戻す。

「ミシャは? ギルドか?」

「いや、町の散策だよ」

「またか。ギルドからの仕事を終えた後は、いつも町を出歩いてるけど、屋敷の修繕の目途は立ったのかねぇ?」

「そう言えばミシャから聞いたよ。魔術士の屋敷の修理のための道具を探してるんだってね」

「らしいな。必要な道具とやらは見つかったのか? 毎日のように大量のお菓子を部屋に持ち込んでたが……まさかと思うが、依頼料を菓子につぎ込んでるんじゃないだろうなぁ」


 ディランは眉を顰めつつ、何もない場所を睨みつけた。

 すると、その様子を見たマイヤが笑い声を上げる。


「あはは、その心配はないだろうね」

「ん、なんで?」

「ありゃ、全部貰いもんだから」

「はい?」

「その様子だと、この一週間の間にミシャが町の人気者になったことを知らないんだね?」

「人気者? ミシャは何をやったんだ?」

「何も特別なことはしちゃいないさ。誰もができる当たり前のことをしているだけ。だけど、その当たり前のことができないから、みんなに慕われているのさ」

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