ミシャVSマチノミ
――まほろばより南、十キロメートル地点
ミシャは空を舞い、左手に備えた次元変換砲を用いて、幾度も次元を改竄する光をマチノミに放ち続ける。
だが……光はマチノミを穿つことなく全てはじき返されていた。
彼女は距離を取り、巨大なマチノミを緑の虹彩に囲まれた黒の瞳に映した。
「化け物……」
瞳に映るは山を彷彿とさせる巨大な生命体。
顔は平べったく楕円で、頭に触覚のような目が飛び出し、さらには町を一飲みで飲み込める口があった。
胴はずんぐりと太く、鈍い光を放つ金属の鱗に包まれて、尾は二又に分かれている。
それは身体をうねらせて、なめくじのようにずずずっと脈打つ動きを見せた。
再度、次元変換砲を放つが、マチノミを覆う金属の鱗と、そこから発生する未知の力により、光は歪められ、身体にまったく届いてはいない。
ミシャは焦りを声に乗せた。
「ノギクシュ級駆逐艦程度なら、シールドごと装甲を撃ち抜ける戦闘人形用次元変換砲が通用しないとは……マチノミを覆っている力が邪魔をして。あれはノスターレ粒子!」
マチノミはノスターレ粒子と呼ばれる魔力によって包まれていた。
その力が次元変換砲の攻撃をほぼ無効としていたのだ。
「理由はわかりませんが、ノスターレ粒子の影響で連邦の兵器、いえ、我々の銀河に存在するエネルギー兵器があまり役に立たないようですね、はっ!?」
マチノミは巨体より、二枚の鱗をミシャへと飛ばす。
その鱗は、薄い鱗が何重にも折り重なったもの。
切っ先は鋭く、魔力を纏い、もし触れれば、強化された戦闘人形の肉体とはいえ容易く風穴が空いてしまう。
「この程度っ」
鱗に対して、次元変換砲を向ける。
彼女は鱗を光線で叩き落そうと考えているようだ。
それが二枚であれば、可能だったであろう。
だが、鱗は途中で幾重にも分離し、二十を超す、槍となり襲いかかってきた。
「まるで多弾頭ミサイルですねっ。ならばっ」
手に宿す兵器へ意志を伝播する。
そして、次元変換砲を発射した。
蝶の形をした砲台からは一筋の光が飛び出し、それは無数の粒に分けれ、鱗たちへ強襲を仕掛けた。
鱗たちは光に屈し、大地へと散っていく。
しかし、光から逃れた三枚の鱗がミシャを目指して向かってきた。
彼女は焦ることなくシャラノを呼び強力なシールドを前面に生んだ。
鱗はシールドに牙をかけたが穿つことはできず、その動きを止めた。
「次元変換砲では効果が薄い、もっと強力な兵器が必要ですね……ナシェヤードの研究用の主砲、顕在匪砲ならばっ」
顕在匪砲――それはナシェヤードの実験的兵器。
ナシェヤードは科学調査船だ。
そこではあらゆる分野の研究が行われいた。
その一つが新しい概念を持った兵器開発。
その概念とは、あらゆる存在を初めからなかったものにする兵器。
全次元からの完全消失。
この兵器を用いれば、如何なる存在もそこへいることを否定されてしまう。
それは、神と称される存在であってもだ。
だが、それを使えば、現在休眠状態のナシェヤードに大きな負荷がかかる。
さすれば、修繕が大幅に遅れ、連邦との送話を開くという目的が遠のいてしまう。
そうであっても、ミシャはっ。
(ナシェヤードへの被害は計り知れない。ですが、町や皆さんを守るためにはっ)
彼女は再び、感情と論理を交じらわせ、答えを積み上げていく。
(砲を使えば、ナシェヤードに深刻な被害が。ですが、修理可能の範囲のはず。砲を使わなければ、町が消え、修理に必要なものは手に入らない。ならば、答えは一つっ)
ミシャは答えへとたどり着く。
そこに至るまでの時間は、瞬きをするよりも短い時間であった。
だが、確かに時間が存在していた。
それはミシャが生んだ、迷いという名の時間。
戦闘の最中に絶対あってはならない時間……マチノミはそれを待っていてはくれなかった。
マチノミが背負う無数の鱗の一つから、ひょろ長く濃い青色の触手が飛び出し、それは音を置き去りにして鞭のように鋭くミシャを叩きつけてきた。
思考に時間を奪われていたミシャの反応が遅れる。
「クッ!」
ミシャは躱すことを諦め、シールドを厚く守った。
シールドは音を裂く速度を持った巨大な触手の攻撃に晒され崩壊し、衝撃はミシャの後ろに背負う羽を砕いてしまったが、辛うじて肉体を守ることには成功した。
しかし、触手が持つ運動エネルギーは相殺できず、虫けらの如く地面へと叩きつけられてしまう。
「きゃぁぁぁっ」
悲鳴は眼下に広がる大地へと落ちていく。
ミシャは何とか態勢を整えようとするが、触手から受けた衝撃が体中を巡り、手足を思うように動かせない。
(このままではっ)
無防備な背中は恐ろしき速度で地面へ迫る。
もはや、ミシャにできることは衝撃に備え、歯を食い縛ることくらい……。
「ぐっ!」
地面へと激突する、その瞬間、彼女は強く目を瞑った。
衝撃は背中を突き抜け、脳や心臓、肺といった生きるに必要な全ての器官を蹂躙するはずだった……。
しかし、何故かその衝撃が伝わってこない。
代わりに伝わったのは、羽のような柔らかな感触と、とても暖かな熱。
不思議に思い、強く閉じた瞼の力を緩める。
光射す隙間から、最も身近な人の声が届いた。




