孤児院
――孤児院
北方地区の片隅にひっそりとその施設はあった。
お世辞にも立派とは言えないが、屋根はあり壁はあり、雨露と寒さ暑さはしのげる程度はあるようだ。
レンガの舗装は入り口まで続いているが、その周囲は背丈の低い雑草の群れ。
それが程よく子どもの遊べる広場になっている。
ディランたちは孤児院を預かるシスター『ファンディ』を伴い、ここへ訪れた。
ファンディが顔を見せると、幼い子どもたちが大勢駆け寄ってきた。
「ファンディ、ヨーガ様は?」
「ねぇ、ファンディちゃん。司教様はどこ~?」
「みんな、落ち着いて。ヨーガ様はお忙しくて、ここに来れないの」
「ええ~」
子どもたちはまるで合唱しているかのように、不満の声を重ね合う。
その子どもたちの後ろから、ファンディと同じく青色のシスター服に身を包む老年の女性が現れた。
「ファンディ、お帰りなさい」
「ウイナルディ様。ただいま、戻りました」
「はい。それで、後ろの方々は?」
「えっと、こちらの方々はヨーガ様の代わりに、お手伝いをして頂けるそうで」
ディランとミシャは一歩前に出て、自己紹介を始める。
「ディラン=ロールズだ。なんか人手が足らないと聞いて、手伝うことになった」
「ミシャです。お兄ちゃんと同じく、お手伝いに参りました」
「そうですか。ご厚意に感謝いたします」
ニコリと微笑む老年のシスター。
とても細身で、顔や手に多くの皺を刻んでいるが、瞳には確かな意思の宿る強き光を見せていた。
ディランは彼女に敬意を払い、神妙な面持ちで会釈をする。
ミシャもそれに続く。
そこから彼は孤児院を見回し、舗装から外れた雑草の上にある荷馬車へ目を向けた。
荷台には大量の物資が積み重なっている。
「随分な量だな。たしかにこれを女性だけで運ぶのはきついなぁ」
「ええ、なかなか男手が確保できなくて困っております」
「そこで俺の出番ってわけだな。しかし、孤児院にこんなに寄付が集まるなんて、この町はお人好しが多そうだ」
「ふふふ、町の方々のご厚意には感謝に堪えません。では、あの物資を搬入するお手伝いをお願いしたいのですが」
「もちろん、お安い御用だ。ミシャは……」
ディランは自分たちを囲む子どもたちに視線を投げた。
子どもたちは皆、好奇心に目を輝かせて、ディランとミシャを見ている。
「ミシャは、子どもたちと遊んでやってくれ。あの程度の荷物なら、俺だけで十分だからな」
「了解です、あっ」
「お姉ちゃん、あそぼ!」
「こっちだよ。ボール遊びしようぜ」
「ええ~、ままごとが先だよっ」
「え、え、ちょっと待ってください」
ミシャは子どもたちに手を引かれ、この場から連れ去られてしまった。
子どもたちにもみくちゃにされているミシャを、ディランは暖かな笑みを浮かべ見送る。
「それじゃ、こっちは、ちゃっちゃと荷物を運びますかね」
シスターウイナルディとファンディの指示に従い、ディランは荷馬車の荷物を運んでいく。
ファンディや幾人かの子どもたちも一緒に荷物を運ぶのだが、ファンディが盛大にこけて、逆に仕事を増やしていく。
それをウイナルディが咎め、子どもたちは笑顔をみせて、ディランは呆れた笑いを漏らす。
搬入が粗方終えたところで、ディランは孤児院の前で子どもたちと鬼ごっごをしているミシャを見つめた。
彼女は手加減なく目に止まらぬ動きで子どもたちを捕まえていく。
容赦のないミシャへ不満顔を見せる子もいれば、憧れのような眼差しを向ける子もいた。
ミシャ本人がこの遊びを楽しんでいるかどうかはわからない。
だがディランには、ミシャと子どもたちが遊んでいるこの光景がとても喜ばしいものに思えた。
「うん、来て良かったかもな」
「そう言っていただけると、とても嬉しいです」
ウイナルディが柔らかな笑みを零し、ディランを見つめる。
その笑みがどうにも照れくさくてディランが頭を掻いていると、衣服の入った箱を持ったファンディが声を掛けてきた。
「よろしければ、いつでも遊びに来てください。私も子どもたちも歓迎しますから」
「ああ、暇があればな。それよりも、足元」
「え? あ、ありがとうござます」
ファンディの足元には地面の瘤があった。
ディランが指摘したおかげで彼女はこけることなく、衣服の入った箱を孤児院内へと持って行くことができたようだ。
その様子に満足げな笑み漏らすディラン。
すると、不意に背後からボールが飛んできて、それは見事、ディランの頭に命中した。
「あだっ!」
「あ、ごめんなさい」
一人の少年がおずおずと謝罪を交えながら声を出してきた。
ディランは怒ることなく、少年の頭に軽くポンっと手を置く。
「気をつけろよ。俺だからいいものの、お前よりもちっちゃい子に当たったら大変だからな」
「うん、ごめんなさい」
「よし、謝れるんなら十分だ。ほれ、元気に遊んで来い」
ディランは地面に落ちたボールを拾い上げて、少年に渡す。
ボールを受け取った少年はドギマギする様子を見せながらも、最後には笑顔で応え、友達が集まる場所へ走って行った。
その様子を見ていたウイナルディが話しかけてきた。
「お優しいですね」
「そうか? これくらいで怒ることなんてないだろ?」
「そうかもしれません。ですが、そうでない方も大勢いる」
「たしかにな。だけど、この町は良い人が多そうだ」
孤児院という場。
ここにいるのは何かの事情で親を失ったみなしごたち。
だというのに、とても明るい声を上げ続けている。
そして、周りの大人たちも彼らを暖かく見守っている。
「悔しいが、この町はミズガルズよりも良い場所かもな。ま、あっちの孤児院は戦火に巻き込まれた子どもたちばかりで、明るくなんてまず無理だしな」
「ディランさんは西から?」
「ああ」
「そうですか。あなた方、ミズガルズのおかげで、私たちは魔族の脅威に晒されずに済んでおります。ありがとうございます」
「そう言ってくれると嬉しいねぇ。とはいえ、俺は休業中なんだが。しばらくはこの町にいるつもりだから、何か仕事があるなら注文してくれて結構だ。流石に無料ってのは周りの具合が悪いだろうから、それでも格安にしておくよ」
「そうですか。重ねて、お礼申し上げます」
彼は礼を受け取り、顔を子どもたちと遊んでいるミシャに向けて彼女を呼び戻そうとした。
そのミシャは女の子たちとままごとをしている最中だった。
「はい、ミシャお父さん。お夕飯ですよ」
「ありがとうございます。美味しそうですね」
「違うよ、ミシャちゃん。そこは、おお~、美味しそうだなぁ。だけど、君の方が美味しそうだ、ぐへへ。っていうの」
「はぁ、難しいですね」
そのやり取りを見ながら、ディランは眉を折る。
「どんな家庭だよ……。お~い、ミシャ。そろそろ帰るぞ~」
「了解です、お兄ちゃん」
「ええ~、もう帰っちゃうの~。まだ、帰さないんだからっ」
ままごとを行っていた女の子たちは不満顔露わとして、ミシャを囲み、ディランを牽制し始める。
「お父さんは渡さないっ」
ディランは軽く頭を掻き、ままごとの調子に合わせることにした。
「おうおうおう、そうはいかねぇぜ。ミシャには会社の損失を埋めてもらわねぇとなぁ」
「そんしつ? そんしつってな~に」
「ミシャは会社に迷惑をかけたんだ。だから、もっと働いてもらわないといけねぇんだよ」
「そうなの? ミシャお父さん」
「えっと、これはどういう、」
ミシャは目をぱちくりしながらディランを見つめるが、彼は激しく瞬きをして、何とか調子を合わせるように訴えた。
ミシャは二度三度首を捻り、ようやく場の雰囲気というものが理解できたようだ。
「よくわかりませんが、どうやら私は上司と会社へ向かわなければならないようですね」
「そうなんだ。お仕事頑張ってね、お父さん」
「わかりました。家族のために頑張ってきます」
ミシャは女の子たちにぺこりと頭を下げて、ディランの元へ向かう。
「では、損失を埋めに戻りましょう」
「……演技だとわかってるよな?」
「もちろんです」
「なら、いいけど。それじゃ、シスターウイナルディ。俺たちはこれで」
「はい、ありがとうございます。何のお構いもできず、申し訳ありません」
「いいっていいって、こっちもいい気分転換ができた。だろ、ミシャ」
「はい。家庭というヒエラルキーにおいて父という立場が如何にぞんざいなものかを学び取りました」
「いや、一概にそうとは……ま、まあいいか。じゃ、町の探索を続けよう」
「了解です、お兄ちゃん」
ディランとミシャはファンディとウイナルディと子どもたちに見送られ、孤児院を後にした。




