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黄昏の兄妹  作者: 雪野湯


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西方から北方へ

――北方地区



 ディランはお尻の痛みに押され、ミシャと共に西方地区から北に向かう円の道を道なりに歩いていく。

 

 そうしてたどり着いた北地区は、歓楽街。

 店の明かりが太陽となり町を照らし続けるギャンブルと女と酒に踊る狂乱の場所。


 だが今は、本物の太陽が空に輝いている。

 本物の輝きはこの地区に住む者たちにとって眩しすぎるようで、ほとんどの店が扉を閉じて閑散としていた。


 空っ風が吹き抜ける通りを目にして、ディランは残念そうに言葉を漏らす。

「夜、来るべきだったなぁ。まぁ、次の機会にでも行くか」

「そうですね」

「いや、ミシャはダメだろう……うん?」


 ディランは最北に大きな建物を見つけた。

「あれは……ああ、水道橋だっけか?」


 それは町に訪れた直後、住人に尋ねた建造物。

 幾重にもつながるアーチ状のレンガ造りの橋。

 

「水道橋は皇都にもあるんだよなぁ。それよりかちょっと小さそうだけど……でも、この町は蛇口とやらから水が出るんだろ? あれ、必要なのか?」



「この北方地区は旧市街地区ですからね。古い建物があるのですよ」

 


 二人の後ろから、中年の男性と思しき声が聞こえてきた。

 後ろを振り返ると、黒い神父服に身を包む男性が立っていた。

 彼は白髪交じりで、とても落ち着いた雰囲気を纏い精悍な顔立ちをしている。

 同時に、神父には不似合いな戦いの場に立つ者の気配を漂わせていた。


 彼は言葉を続ける。

「今では水道管が通っていますので、あの水道橋は町のシンボル兼農業用の貯水調節に使われています」


「案内どうも。それで、あんたは?」

「失礼しました。まほろばのインダス教会を預かる司教『ヨーガ』と申します」

 

「いんだす? 東の宗教か?」

「というと、あなたは西の(かた)ですね。西はヴォータン教が主流ですからね」

「俺自身は信者じゃないが、まぁそうだな。俺はディラン。そして、この子は」

「ミシャです」


「よろしくお願いします。ディランさん、ミシャさん」

「それで、何か用でもあるのか?」

「いえ、特には。ただ、このような歓楽街にミシャさんのような少女がいることが珍しくて」

 ヨーガはミシャをチラリと見て、ディランに視線を移した。

 ディランは眉を顰めながら言葉を返す。



「言っとくけど、奴隷売買とか家族を売りに来たなんかじゃないからなっ」

「ええ、わかっていますよ。そうは見えませんから。ですが、どうして、このような悪徳の栄える場所へ」

「昨日町に来たばっかりでな。それで、二人でぐるりと町探訪」

「そういうことですか。とはいえ、昼間であっても、あまり近づいてよい場所ではありませんよ」

「そういう司教様はなんで歓楽街に?」


「この歓楽街の真ん中に教会の支部がありまして」

「え? 歓楽街に?」

「歓楽街だからこそです。こういった場所だから、救いを求める方々が多いのですよ」

「たしかに、そうかもなぁ」

「ちなみに本部は、東方地区と北方地区の境界にあります」


 神父は遥か先を指さす。

 そこには巨大な建物と、そこから飛び出したとても背の高い時計塔がよく見える。

 その建物を見て、ディランは嫌味をぶつけた。



「立派なもんだな。さぞかし、儲けてるんだろうな」

「はい。おかげさまで、多くの信者の方々に支えられておりますから」

 ヨーガは気にする様子もなくにこりと笑った。

 彼の笑みに、ディランも笑顔で応える。


「ふふ、なかなか面白い司教様だな。ヴォータンの坊様たちもそんな感じだといいんだが」

「どんな感じなんですか?」

「冗談が通じねぇ」

「それはお固そうで。もしよければ、どうですか? 気軽に冗談を言えるインダス教にいらしては?」

「遠慮しとくよ」

「それは残念。では、そろそろ私は回診に回らなければならないので」

「回診?」

「ここには病気で苦しむ女性が多いので」


 この北地区は歓楽街。

 ギャンブルを楽しみ、酒を楽しみ、そして……。

 ディランはミシャが傍にいるため、深く追求せず、すぐさま納得した素振りを示した。


「ああ、そういうことか。変わった司教様だ。インダス教の坊さんはみんなそんな感じなのか?」


 ヨーガは苦笑いで応える。

 それを受けて、ディランも無言で肩を揺らして応えた。

 そして、別れの言葉を生もうとした。そこに……。



「それじゃ、そろそろ俺たちも、」

「司教様~、ヨーガ司教様~、ぶべっ!」


 濃い青色のシスター服を纏ったどん臭そうな若い女性が、ヨーガを呼び、そしてこけた。

「いたたた、鼻がつぶれる~。もう、どうして地面はっ」

 シスターは何度か地面を叩き、八つ当たりをしてから立ち上がった。

 そして、足早にヨーガに近づくが、またもやこけそうになる。

 それをディランが支えた。


「きゃっ!」

「おっと、だいじょうぉぉぉおおぉお」


 ぼよんと、男の理性を失わせる感触。

 シスターを支えるディランの二の腕に、この世のものとは思えない柔らかな弾力が伝わってくる。

(こ、このシスター、見た目に寄らず、なんて武器をっ!!)


 ゆったりとした青色のシスター服に隠れ、魅惑という名の牙を隠し持つ麗しき女性。

 ディランの理性は野生へ帰ろうとした。

 だが、真昼間の大通り。隣にはミシャがいる。

 人として、失うわけにはいかないっ。理性を!



「お、お怪我はありませんか、シスター」

 ディランは二の腕に伝わる神経を無に還し、視神経に力を伝え、眼球を無理やり女性の顔に向けた。

 女性はその豊満な胸から連想されるような優し気な母性を感じさせる人だった。


 身長はディランより頭一つ分低く、少しだけぽっちゃりしていて愛らしさを纏う。

 大きめの瞳は黄金色を見せて、髪を隠すベール状のウィンプルからは黒の髪がチラリと見えていた。

 肌はとても白く、そのため地面で打ち付けた鼻が目立つように真っ赤。

 その鼻以外にも、顔に絆創膏が貼られ、指先にも同じく絆創膏が貼られてあった。

 どうやら、日常的に細かな怪我を負っているようだ。



 シスターは両手をパタパタと振るって、言葉を転がしながら返事をする。

「は、すみません。私ったら、また。あの、その、すみません」

「え、いや、落ち着いて、ヨーガさんになんか用があったんだろ?」

「そうですそうですっ。あの司教様。孤児院にたくさんの衣類など寄付が来て、人手が追いつかないんです。司教様から教会に人手を回すようにお願いできませんか?」

「今からですか? 困りましたね。私は病気で苦しむ方々のために回診がありまして」

「それはわかっているのですが、私の言葉だと教会の方々には……」


 孤児院に大量の荷物が来たようだが、何やら事情があるらしく教会の手は借りられないようだ。

 ミシャはちらりとディランへ視線を投げた。

 ディランは無言でコクリと頷き、シスターたちに声を掛ける。


「よかったら、俺たちが手伝うが、どうだい?」

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