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黄昏の兄妹  作者: 雪野湯


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南方から西方へ

 南方地区から足を運び、西方地区へと訪れる。

 ここは工業地帯。

 鍛冶や織物といった交易品や店に並ぶ商品などの製造を行っており、日中はけたたましい工業音が鳴り響く場所。

 中には、魔術士や錬金術士などが必要とする不可思議なアイテムを作っている店も存在する。


 住人は工業地帯らしく、鉱石類の目利きに富んだ鍛冶の得意なドワーフ。

 魔法の道具を扱うエルフ。

 狩りに必要な道具を販売する獣人。

 化粧品やその材料となる品を扱う吸精鬼ヴァンパイア

 人間から見れば一風変わった人々が多い。



 ここ、まほろばは、複数の種族が共に暮らす町。

 これは他の町ではあり得ないこと。


 まほろばでは、種族の間に壁が存在しないことが前提となっていた。

 だが、やはりというか、例外というものはどこにでもある。

 特に、現在戦争中のドワーフとエルフの関係は……。


 西方地区に鳴り響く工業音に交じり、怒声が響く。

 その怒声へディランとミシャが視線を向けると、道を塞ぐように人だかりができていた。



 中心となっているのはドワーフとエルフ。

 彼らは激しい罵り合いを交え、今にも飛び掛からんとする勢いだ。

 ディランはため息を吐きつつ、腰に手を当てる。


「あちゃ~、喧嘩かよ。真昼間から元気だねぇ~」

「これはいけませんね」

「え? おい、ミシャっ」


 ミシャはこのままでは大喧嘩に発展すると感じ、二人の間に立った。

「二人とも落ち着いてください」

「なんだ、お嬢ちゃん? あぶねぇから引っ込んでろ。エルフのアホは子どもでも容赦しねぇからなっ。がっはっはっは」


 背が低く、てっぷりとした腹を持ち、立派な白髭をこさえたドワーフはエルフを馬鹿にするような笑い声を上げた。 

 対して、線が細く、美しい金髪を持つ長身のエルフは見下すような視線をドワーフにぶつける。


「粗野で下品な豚がほざく。いや、豚は家畜として価値があるな。豚に失礼だったな。豚、すまない」

「んだと、貴様ぁ! その役立たずの耳長を切り落としてやろうか?」

「お前こそ、たきぎにもならぬ白髭を剥ぎ取ってやろうか?」



 二人が互いに火花をぶつけ合い、一歩も退く気配はない。

 ミシャは二人をチラリチラリと見て、視線を少し開けた場所へ向けた。


「どうやら、互いに感情的になり説得は無理そうですね。ですが、このままでは通行の邪魔となってしまいます。失礼しますね、二人とも」

「なに?」

「え?」


 ミシャは二人の胸ぐらを掴む。

 そして、ほぼ同時に開けた場所へ放り投げた。


 ドワーフとエルフは二人仲良く叫び声を上げる。

「のわぁ~!!」

「ひえぇ~!!」


 そのまま二人は地面に叩きつけられると思いきや、ミシャは周囲の視線から姿を消し、高速で移動して先回りをする。

 そして、二人の背に手を当て衝撃を殺しつつ、地面に置いた。



「ここならば、通行の邪魔にはなりません。思う存分語り合ってください。たとえ、ケガをしたとしても、私が治療して差し上げますので」


 ミシャは無表情のまま、彼らに声を掛けた。

 二人は一度互いに視線を交わし合い、声にならぬ声をミシャに掛ける。

 すると、一連の流れを見ていた野次馬たちが歓声を上げ始めた。



「すっげぇな、あの子。あの巨漢と巨体を軽々投げちまったぞ!」

「それどころか、それを先回りするなんて、ただもんじゃないなっ!」


 やんややんやと人々は盛り上がる。

 盛り上がりの場を奪われたドワーフとエルフは立場なく、こそこそと別れ去っていく。

 ミシャは二人を見送り、ディランの元へ戻ってきた。


「お待たせしました」

「無茶するなぁ~。にしても、ミシャって、話し合いで解決するタイプかと思ってたぜ」

「私は問題解決にもっとも有用な手段を取っただけです。話し合いが有用とあれば、話し合いを。別の手段が有用とあれば、その手段を」


「ミシャにとって、話し合いも、力も交渉の内ってことか?」

「有用かどうかです。力も議論も不毛な場合は時間の無駄ですから」

「中々、擦れた考えの持ち主だな」

「私というよりも、連邦の理念です」

「ん?」


「連邦は問題に対し、いかなる手段を用いても構わないとしています。もちろん、そこには倫理は存在します。ですが、倫理や論理よりも優先すべき事項はありますから」

「なんだか、怖そうな国だな。連邦って……」

「広い宇宙せかい。種族も考え方も広大です。ですので、最もわかりやすいのは皆に共通した理念です」

「そいつは?」


「弱肉強食」

「なるほど、わかりやすいな」



 ミシャは町を大きく見回して、ディランに視線を戻した。

「平和を訴えるも、支配を訴えるも、それに値する力を持つこと。力なき存在に理想を語る価値無し」

「弱者は死ねってことか?」

「力なき者は集え。言論と数を盾とせよ。剣とせよ」


「う~ん、要は何かを成したいなら動けってことか?」

「端的に言えばそうですね。為すために行動せよ。そして、考えよ」

「たしかにそうだが……結構厳しいぞ、それ。弱者は一歩動くのだって大変な勇気が必要なんだからな」

「ならば、連邦わたしが手を引いてあげます。歩く意思がある限り、如何なる存在も友邦です」

「甘いのか厳しいのか……いや、ある種の理想主義者って感じだな」

「確かに、このような考え方は社会機構及び種として精神が未熟であれば破綻してしまうでしょう。ですが、連邦は違いますので」



 ミシャは僅かに胸を張った。

 彼女の語った連邦の理念は、ディランとって受け入れがたい部分がある。

 だが、ここでミシャと議論するつもりは彼にはなかった。また、ミシャの誇りを傷つける気もなかった。

 なので、彼は無言で返事をして、足を北方地区へ向けようとした。

 そこに女性の声がするりと入り込んできた。



「ウフフ、お嬢ちゃん、すごいじゃないの」

 艶めかしい声に惹かれ、ディランとミシャは振り向く。


 そこには妖艶さ漂う、肌の青白いうら若き女性が立っていた。

 彼女は大胆に胸を開いた服から豊満な胸の谷間を見せつけている。

 

 スリットの入ったスカートからはすらりと伸びた足が飛び出し、魅惑的な太ももが男の視線をさらう。

 ディランはチラリと太ももに目を飛ばし、続けて彼女の顔に目を向けた。


 とても肉厚で柔らかそうな唇に、空の色を溶かし込んだ青の髪。

 そして、情欲を掻き立てる淫猥な朱き

 瞳の奥には吸精鬼ヴァンパイアの証明である、蛇の紋様が浮かんでいる。


 ディランは視線を落としていき、胸の谷間で止めた。

「あんた、吸精鬼ヴァンパイアか? 俺たちに何か用か?」

「フフ、あなたにじゃないわ」

 女性はディランの顎をそっと指先で持ち上げて、官能的な笑みを残し、横を通り抜けた。

 そして、ミシャに話しかける。



「ありがとう、あなたのおかげで助かったわ」

「どういう意味でしょうか?」

 

 女性はゆらりと風に揺れる花のように指を動かす。

「さっきの二人、私の店の前で喧嘩してたのよ。おかげさまで商売あがったり」

「そうでしたか。ですが、それが偶然ですので」

「それでもお礼が言いたかったの。私は薬師くすしのリリス。お店では薬を扱っているの」

「私はミシャです。現在は宿屋『ヒスイカズラ』に滞在しています」


「あの、俺はでぃ、」


「そう、ミシャね。これ、お近づきの記しとお礼に」

 そう言って、リリスは桜色のガラス小瓶を取り出した。

 ミシャは尋ねる。

「それは?」

「香水よ。私の店は薬以外にも化粧品も扱っているから。その香水の名前は八房やつふさ。清涼な香りが心を落ち着かせ、その中に交わる微かな甘い香りが知らず知らずのうちに殿方を興奮させるの」

「はぁ」


「あまり、興味ないかしら?」

「そうですね。戦いに身を置く者として、存在を目立たせる道具は少し……」

「そう。なら、いつか戦いの場から離れられることを祈って、あなたに差し上げたいの。駄目かしら?」



 ミシャは香水の瓶とリリスを交互に見る。

 自分にとって、これは不要なモノと切って捨てることもできた。

 しかし、彼女に芽生えたばかりの感情が断ることを拒んだ。


「……そうですね。お礼を何度も断るのは非礼でしょう。戴いておきます」

「そう言っていただけると嬉しいわ。私はいつもあの店で薬を販売しているから、もし入用になったら、薬屋『アスクレピオス』へのご来店、お待ちしています」


 リリスは小さく手を振り、少しだけ子どもっぽい仕草見せて、自身のお店へと戻っていった。

 その後ろ姿をじっとディランは見つめる。


「おおおぉ、薬屋かよ。とてもそうは見えねぇな。なんて良い女だ。胸も柔らかそうだし、ケツもいいなぁ」


 フリフリ揺れるリリスのお尻を、ディランはその両眼りょうまなこに宿し続ける。

 口は半開きで、目元は厭らしくニヤける。

 それは誰の目から見ても、だらしのない姿。


「あ」

 彼の姿を目にしたミシャは小さく言葉を落とし、マイヤの言葉を思い出す。

 そして、彼女の言葉をすぐさま実行に移した。

 

 ミシャは手を大きく振りかぶって、振り下ろすっ。

「んぎゃ~!!」

 ディランはお尻を押さえ、飛び跳ねながら前へと進んでいった。


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