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黄昏の兄妹  作者: 雪野湯


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23/40

忘れていた想い

 お湯は浴槽を満たす寸前。

 ディランは蛇口を締める。

 そして、お湯に指先を入れ温度を確かめた。


「うん、良い湯加減だ」


 ディランは右足を差し伸ばし、湯船へ体を沈めていく。

 続いて、ミシャも湯船に体を浸していった。

 風呂の右端にディランが広い背中を預けて股を大開きにし、ミシャが左端に小さな背を預けて、膝を抱えるように座った。

 

 

 浴槽で丸まるように座るミシャへ、ディランが話しかける。

「うん? 足を伸ばしても大丈夫だぞ。何なら、俺の太ももの上においても大丈夫だ。別に邪魔とかにはならないからな」

「……それでは少しだけ」

 ミシャは膝から力を抜き、足をちょっとだけディランに近づけた。


 ディランは浴室をチラリと見て、ミシャに視線を移す。

「浴室は広いけど、風呂はちょいと手狭かな?」

「いえ、問題ないかと。私とお兄ちゃんだけならば、疲れを落とすことに支障はないと思います」

「そうか? ま、今回は蛇口の扱いを教えてもらうついでってのがあったから、今度からは交代で入ればいいか」


「それは少し困ります」

「ん、どうして?」

「まだ、私は洗髪と背中の洗い方を習得していませんから」

「あはは、そんなことか。わかった、ミシャが納得いくまで付き合うさ。さて、100数えたら上がるか」

「どうして100なのですか?」

「特に意味はないな。慣習みたいなもんだ」

「わかりました。では、いち、に、さん……」


 ミシャの数え歌が浴室に反響する。

 ディランはその歌に耳を預けて、途中から自分も歌に交わった。


「「…………きゅうじゅうきゅう、ひゃ~く」」


 二人の声は重なり合い、僅かな遅れもなく、百を数え終えた。


「さて、上がるか。茹ってないか?」

「問題ありません」



 二人は湯船から上がり、脱衣場へ向かう。

 バスタオルで濡れた髪や体をしっかり拭く。

 それが終えた頃に、ディランがミシャに声を掛けた。


「ミシャ、ちょっといいか?」

「何でしょうか?」

「動くなよぉ」


 彼はパチリと指を跳ね上げて、風の魔法を産む。

 風はミシャの濡れた髪を優しく包み、瞬く間に乾かしていった。


「どうだ、乾いただろ?」

「はい……今のは魔法ですか?」

「ああ、そうだよ」

「そうですか……」


 ミシャはシャラノ鏡面体を浮かべる。

「ノスターレ粒子の反応あり。高度に脳が発達した種族もこのようなことができますが、お兄ちゃん場合、かなりの部分を粒子に依存していますね」

「はい? それは……俺の脳が発達していない、馬鹿だってこと?」

「いえ、そういうわけではありません。魔法や超能力という力を行使する種族の多くは、脳細胞が活性化しており、神経伝達物質の反応が盛んなのです」

「……はい」


 ディランには何をっているのかさっぱりだったが、小さく返事だけはする。

 ミシャはシャラノに映る文字に注目しているようで、彼の様子に気づかず、言葉を続けていた。


「ですが、お兄ちゃんを含め、この惑星せかいの住人は勝手が違うようですね。おそらく、生まれながらに高濃度のノスターレ粒子に晒され、この粒子の力をうまく引き出せるよう進化したのでしょう」

「え~っと、つまりなんだ。その粒子ってのは魔力のことだよな。ミシャのいた大陸と違って、俺たちのいる大陸は魔力が潤沢だから、それを操るのに長けていると?」

「そうなります。また、その影響か、身体機能も大幅に強化されているようですね。これはかなり驚くべき事実だと思います」



 ミシャはシャラノの鏡面を指先で何度か擦る。


「過去に、高濃度のノスターレ粒子に生命体が晒された場合どうなるのかという実験がありました」

「俺たちで言うと、高濃度の魔力に晒された場合ね。それで?」


「結果、92.42%の確率で死亡が確認されています。粒子が持つ高エネルギーが細胞に過剰なエネルギーを加え、崩壊させてしまいました。さらには粒子の持つ特性が災いし、先祖返りを起こしてしまった例も」

「先祖返り?」


「ノスターレ粒子には時間の垣根を超えた情報が含まれています。その内の過去の力に遺伝情報が刺激され、遺伝子が暴走を引き起こしたのです。結果、ネズミがトカゲに変化したり、カエルに変化したりしました」

「ネズミがトカゲやカエルに?」

「生命は多くの分岐を経て今へ到達します。粒子はその分岐によって交わらなった道さえも呼び起こすのです」


「う~ん、話がややこしくなってきたな。だけど、死人が出る実験はどうかと思うぞ」

「全て動物実験です」

「動物でも、可哀想なんだが……」

「これらは先に続く者たちへ繋ぐ研究。必要なことなのです」

 


 無表情にさらりとミシャは答える。

 それにディランは軽く青褪めた。


「魔術士や錬金術士と同じようなことを……でも、その研究結果間違ってないか? だって、俺たちは魔力に晒されていても平気だぞ」


「私も専門ではないのでたしかなことは言えませんが、先程も少し触れましたが、おそらくお兄ちゃんたちはそれに耐えられるように進化したのではないかと」

「進化ねぇ」

「また、この大陸のノスターレ粒子……魔力もまた生命体と共存できるよう進化していったのではないでしょうか?」


「それだと、魔力が生き物みたいな感じだが?」

「はい。過去の研究記録に魔力と呼ばれるノスターレ粒子には脳波のようなものが確認されています。その結果から、この粒子は何らかのエネルギー生命体ではないのかと定義されました」


「魔力が生き物ねぇ……それでミシャのいた場所だと、その魔力さんは生き物との付き合い方が下手くそってわけか?」

「かもしれませんし、そうでないのかもしれません。よくわからない存在なのです」



「ふ~ん、とにかく、そっちにも一応魔力はあるってことかな? ところ変われば魔力も違うのかねぇ。言われてみれば、エルフの集落だと魔力が健やかな感じもするしな……あれは精霊の加護だっけか?」

「精霊? なかなか興味深そうな話です」

「はは、そうか? だけど、また今度な。せっかく風呂に入ったのに、これ以上素っ裸で話をしてたら湯冷めしちまう」

「はい」

「じゃ、さっさと着替えようぜ」

「待ってください、お兄ちゃん」


 ミシャはシャラノ鏡面体を操る。

 すると、ディランの頭上に薄い赤の光が降り注ぎ、濡れていた髪がすっかり乾いてしまった。

 ディランは自身の髪の毛を触る。


「おお~、すげぇ。魔法とは違うみたいだけど、そのシャラノだっけ? その道具の力か?」

「はい。髪と頭皮に必要な水分を残し、余分な水分は蒸発させました。これは先ほどお兄ちゃんが私の髪を乾かしてくれた、お礼です」

「ふふ、そっか。ありがとうな」



 ディランは優しくミシャの頭を撫でる。


「さて、とっとと着替えて、今日はもう寝るか」

「はい、休息は大切なものなので」


 二人はクローゼットに置いてあったパジャマに着替える。

 パジャマは真っ白なシルク製で表面がつるりとし、光沢がある。

 着心地の良いパジャマを堪能しつつ、ディランはミシャに顔を向けた。

 

 ミシャのパジャマは彼女には大きく、手や足が隠れてしまっている。

 裾の部分をディランが何度か折って、彼女から手足を解放した。


 


 ディランはベッド傍の大きな窓を開けて、火照った身体には心地良い夜風を部屋へ招き入れる。

「うん?」

 よく見ると、窓にはもう一つ窓がある。

 それは網目状の窓。

 外から虫が入ってこないようにするための窓のようだ。


 彼はそれだけを閉じて、レースのカーテンを掛けた。

 薄手のカーテンは風に揺れる。

 

 ディランはベッドの右側に横になり、その隣にミシャが横になった。

 彼はタオルケットのように薄い毛布をミシャのお腹に掛ける。


「暑いかもしれないけど、お腹を冷やすのはあんまりよくねぇからな」

「了解です」

「うん、素直でよろしい。明日からは町を見て回ろう。お互い、町は初めてだし、一度は見て回らないとな。それにミシャは屋敷の修繕に必要な道具探しもあるんだろう?」

「そうですね。そのためには早い就寝がよさそうで」

「だなっ。それじゃ、おやすみ。ミシャ」

「おやすみなさい、お兄ちゃん」


 ミシャのおやすみの挨拶。

 そして、お兄ちゃんという言葉。

 それらがディランの心に浸透していく。

 

 とても心地良くて、寂しい気持ち。

 彼女は妹ではない。

 本当の妹と家族はすでにいない。

 だけど、ディランの胸には久しぶりに、家族という暖かな思いが宿ったのであった。

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