髪の手入れはしっかりと。そうじゃないと……
二人は浴室へと入る。
大きさは大人二人が余裕をもって楽しめるほど。
入って右手に長方形の木製の浴槽があり、壁もまた木製。
仄かな木の匂いが漂う浴室。
床は石の模様のタイル張り。
そこには一組の木製の椅子と桶が置いてあった。
正面には大きめの鏡。
傍には台があり、台には洗髪剤や石鹸などが置いてある。
そして、赤の模様の栓と青の模様の栓がついた蛇口が二組。
うち一組は壁にかかってあるシャワーヘッドと繋がっているようだ。
ディランはそれらを見ながらミシャへ話しかける。
「あの妙なのが蛇口ってやつか?」
「はい……ですが、どうやら私の想像していたものより古風なようですね。電子制御されたものを想像していたのですが」
「もしかして、扱い方がわからない?」
「いえ、その心配には及びません。ですが、このタイプは扱い方を間違えると大やけどを負ってしまいます」
「マジか? それは困るな」
「そうならないように、今からご説明します」
ミシャは正面にある蛇口の前で屈み、ディランへ蛇口の扱い方をレクチャーした。
まず、彼女は青い栓をひねる。
すると、蛇口からは勢いよく水が流れ出てきた。
それを見たディランは感嘆の声を漏らす。
「おおぉ~、これは便利だなぁ。どうなってんだ?」
「町か、その郊外に貯水池があり、そこから浄水場へと繋がり、町の各所に水を届けているのでしょう」
「浄水場?」
「水を浄化、消毒する施設です。そこからポンプを利用して各家庭に届けてるのだと思います。水道管には常にポンプによる圧力がかかっているので、蛇口についた栓を使い、水が出てこないようにしているのです」
「ん~、わかるような、わからないような。とにかく、その栓を捻れば綺麗な水が出る仕組みってわけだな」
「はい」
ミシャは返事をして、流れ落ちる水へ視線を向けた。
「やはり、こちらが水でしたか」
「ん、今のはどういう意味だ?」
「通常、浴室という場では、寒色である栓は水を表しています。その逆に暖色である栓はお湯です」
青い栓を止めて、赤い栓をひねる。
すると、蛇口からは水の代わりに濛々とした湯気を上げるお湯が流れ出てきた。
「このままでは火傷してしまいますので、青い栓を同時に開き、温度調節を行います」
そう言って、青い栓をひねった。
ミシャは指先で温度を確かめて、お湯を桶に注いだ。
そして、それをディランに差し出す。
「水温は四十度。温度調節はこのぐらいで良いでしょうか?」
「ん、どれどれ……うん、いいんじゃないか」
「了解しました。では、この温度を作り出すには、青い栓を右に267度回転させて、赤い栓を右に184度回転させると良いでしょう。ただし、気温の変化やそれによる水温の変化で調節はしなけらばなりませんが」
「いや、そこは適当やるから大丈夫だ。それよりもだ」
ディランは浴槽へ目を向ける。
「風呂が空だな」
「浴槽の傍にも同じ蛇口があるので、それを使いお湯を貯めるのでしょう」
「だろうな。じゃ、お湯を張りつつ、その間に体を洗うか」
「了解です。水温は先程のものと同じで?」
「いや、少し熱めの方がいいだろ。体を洗っている間に冷めるかもしれねぇからな」
「はい。では、先程より水温を高めて、満水時に四十二度となるように浴槽へ注ぎます」
ミシャは浴槽傍にあった二つの栓を捻り、シャラノを浮かべ、細かな温度調整を計る。
それが済むと、シャラノを消して、ディランに向き直った。
「25分27秒後にお湯が浴槽に満たされます」
「そっか。じゃあ、その間に体と頭を洗っておくかね」
ディランは近くにあった木製の椅子を手に取り、ミシャの傍に置いた。
「ほれ、座れ」
「ですが」
「いいからいいから、気にすんな」
「……では」
ミシャは渋々といった様子で椅子に小さなお尻を乗せた。
彼女にとってディランは主である。
その主を差し置いて、一つしかない椅子に座ることに躊躇いがあったようだ。
ディランはそんな彼女の躊躇いを見抜き、少しでもその躊躇いを薄められるよう言葉を出した。
「その椅子じゃ小さすぎて、俺だと逆に腰を痛めかねないからな」
「そう、なんですか?」
だが、ミシャはあまり納得したような声をあげない。
ディランはこれ以上、この話題を引っ張っても仕方ないと思い、鏡の前にあった洗髪剤を手に取った。
それは緑の半透明のガラスでできた容器。
上にはノズルが付いている。
「ふ~ん、押すと中の液体が出てくんのか? どれ」
「お兄ちゃん、そちらはコンディショナーのようです。洗髪するならば、青い半透明のガラス瓶を使用すべきかと」
「こん、なに?」
「髪の毛の表面を保護するものです。青い瓶はシャンプー。こちらは頭皮や毛髪の汚れを落とすものです」
「へぇ~」
「これを生み出せる文明レベルとこの組み合わせを鑑みて、髪の内部を補修するトリートメントも存在すると思われますが、残念ながら置いていないようですね」
「なんか、色々面倒だな。そういや、ミズガルズでも貴族連中が石鹸を使い分けてたなぁ。俺は面倒だから全部石鹸で洗ってたけど」
「髪を痛めますよ」
「別にいいよ」
「一部の研究者には髪や頭皮を痛めると禿げやすくなるという論文も」
「ぜひ、使おう!」




