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黄昏の兄妹  作者: 雪野湯


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17/40

お兄ちゃん

 マイヤはテーブルにお店自慢の料理を置いていく。

 その料理はディランが望んだ肉料理。

 皿の上にはタレのついた鳥の骨付きもも肉。

 付け合わせに野菜が数種。小鉢にはきゅうりと白菜の漬物。

 椀物に白く濁ったスープ。

 主食にはご飯の盛られたお椀が置かれ、傍にはスプーンとフォークとナイフと箸が置かれた。



 西では見たことない料理に、ディランは前のめりになりつつ、料理を覗き込む。

 そんな彼の様子を見て、マイヤは笑みを浮かべながら料理の説明を始めた。


「メインとなる鶏肉にかかっているタレはニンニク風味の照り焼き風。ベースは醤油。上には山椒などの薬味が振られてあるんだよ」

「しょうゆ?」

 

 聞いたこともない調味料にディランが首を捻る。

 すると、ミシャが赤の水晶で彩られたシャラノ鏡面体を浮かべ、タレを調べつつ答えを返してきた。


「穀物を原料とし、発酵と熟成により抽出された液体調味料です。この醤油の原料は大豆と小麦です。さらに成分の詳細な内訳の説明も可能ですが、どうされますかマスター?」

 ミシャはこれまでのディランとのやり取りで、彼が詳細な説明をあまり求めていないことを学んでいた。

 だから、彼にこう問いかけたのだ。


 そして案の定、ディランはミシャの予測通りの答えを返す。

「いや、十分だ。ただ、そのだいずってのはなんだ?」

「豆です」

「ああ、なるほど。豆で作られた調味料ってわけだな」



 ディランはミシャへ頷き、マイヤに顔を向けた。

「悪いな、続けてくれ」

「ああ、それじゃ……」

 マイヤは突然ミシャが産んだ妙な物体に眉を顰めるが、軽く首を横に振って説明を続けた。


「こっちのスープは味噌汁。醤油と同じ大豆で作られた味噌って調味料を使いスープにしたのさ。小鉢はきゅうりと白菜の漬物。軽く柚子皮が振ってある。ま、とにかく、食べてごらんよ」

「だな、説明を聞いても腹が膨れるわけじゃねぇ。それに冷めちまう」


 ディランは鶏肉から飛び出した骨を掴み頬張り、漬物をフォークで突き咀嚼し、そのフォークで胃にライスを掻き込む。

 彼の正面ではミシャが箸を使い、漬物のキュウリをポリポリ噛みつつ、ライスを口に運んでいた。


「美味しいです。味というものを初めて知りましたが、とても心を落ち着かせてくれます」

「たしかに美味いな。特にこのタレは西にはない味で食が進むっ」

 ディランはがつがつを食事を取り、ミシャは優雅に料理を口に運ぶ。

 対照的な二人だが、料理を堪能してくれているようで、マイヤの顔は自然と綻んでいく。


 

 食事の途中、ディランはミシャが手に持つ道具をみて、何かに納得するような声を上げた。

「そういや、その棒ってそう使うんだな。何かと思ったぜ」

「これは箸という食器です。非常に便利ですが、扱いには多少の訓練が必要とされます」

「ほぉ、どれどれ」


 ディランは箸を握り、漬物を掴もうとしたがうまく動かせない。

「こ、これ、使いにく、っと、う~ん……面倒だな。俺はフォークでいいや。よくまぁ、こんな不便な道具があるもんだ。しかし、お前はよく扱えるなぁ」

「基本的な道具の扱いはインストールされていますから」

「いんす、」


 ディランは知らない言葉に疑問符をつけようとした。

 しかし、ディランもまた、この短い間にミシャとの付き合い方を学んでいる。

 彼は疑問を閉ざし、自分なりに想像を働かせ理解し、自分流の言葉に置き換える。


「初めから覚えてるってことか? そいつぁ、すごいねぇ」

「恐縮です、マスター」


 ミシャはディランの言葉に会釈を返した。

 その二人のやり取りを近くで見てたマイヤが首を捻る。



「その……マスターって呼び方、おかしくないかい? 正直言って、かなり胡散臭いよ」

 この言葉にディランが肩を竦める。

「俺もそう思ってるんだが、呼び方を変えてくれねぇんだよ」

「それはどうして?」


「よくわからんが、俺とこいつの間に主従関係みてぇな契約ができているらしい。だから、呼び捨てはできないって」

「妙な話だねぇ。ミシャだったかな? 主であるディランが気にするなって言っているんだから、いいだろ?」

「できません。我ら戦闘人形に置いて、序列というのは大切なものです」

「なんだかこだわりがあるみたいだねぇ。だったら、別の呼び方をしてみるとかは?」

「別ですか?」

「そうだねぇ……」



 マイヤは交互にディランとマイヤへ視線を飛ばす。

「ふ~ん、二人を見ていると~、恋人同士には見えないねぇ」

 ディランは味噌汁を口にしつつ、眉を折る。

「あのなぁ、ずずっ、お、変わった味だがうまい」

「ふふ、西の人だと苦手な人もいるから良かったよ。さて、呼び方だけど~」

 マイヤは再び、二人を交互に見た。


「う~ん、親子にも見えないし。あまり年も離れていなさそうだからねぇ……あっ」


 彼女は何か思いついた様子で、ポンッと手を打ちミシャに呼び方を提案した。

「お兄ちゃんってのはどうだい?」

「ぶふぅぅぅぅっ」

 ディランは盛大に味噌汁を噴き出す。

 幸い、含んでいた量が少なかったため、被害は自分の陣地だけに留まった。

「あの、ごほごほごほ」

 被害は最小限だったが、気管に味噌汁が入ったようで彼は言葉を出せない。

 


 咳き込む彼に渋い顔を見せつつマイヤは視線をミシャに移した。

「何をやってんだい? それでミシャ、お兄ちゃんじゃ駄目かい?」

「お兄ちゃん?」


 ミシャは首を傾けて、銀の髪を揺らす。

 そして、新緑の虹彩に包まれた黒の瞳を左右に振った。


「兄と妹に序列はありませんが?」

「たしかに序列なんてもんはないけど、年上ってことで兄や姉が威張ってことはあるさ。ま、ある意味、目上の存在とも言えるんじゃないのかい?」

「確かに歴史を振り返っても、兄というだけで家督の権利を有してることもありますが……」

「歴史? それはどうか知らないけど、大抵長男が家を継ぐからねぇ」


「つまり、この国では最も年を取った兄の方が偉いと?」

「一概には言えないけど、大抵の場合はそんな感じはあるねぇ」

「了解しました。現地の習慣に従い兄を主と認識します」

「それはそれで間違っている気もするけど……まぁ、マスターなんて言葉よりかはいいかね? どうだい、ディラン?」



 ディランはようやく肺に詰まった味噌汁を追い出せたようで、軽い咳を交えながらマイヤに言葉を返した。


「ごほっ、あの、ごほ……どうだいって言われもなぁ。お兄ちゃんは……」

 不意に、彼の脳裏に実の妹であるミシャの姿が過ぎった。

 しかし、マイヤは彼の変化に気づくことなく、さらに強く『お兄ちゃん』の単語を押す


「だったらなんだい? このままこの子にマスターって呼ばせとくのかい?」

「それは……」

「いいかいディラン。道行く途中で、こんな可愛い子からマスターって呼ばれてるところを見られてごらんよ。周りからは変に見られるよ。あんたも、そしてミシャもね」

 


 最後についた言葉にディランは反応を示す。

(変に見られるか……俺はともかく、この子がそういう風に思われるのはなぁ)


 彼はミシャへ顔を向けた。

 彼女は特に感情を見せることなく、ディランを真っ直ぐと見つめている。

 そこにマイヤの言葉が飛ぶ。


「ほら、ミシャからも言ってあげな。お兄ちゃんってっ」

「はい。お兄ちゃん」

「っ!?」


 言葉はディランの身体を貫き、心の奥底まで届いた。

 それは過去に克服したはずの痛み……。 

 彼はその痛みを悟られないように、片手で顔を覆った。


(ったく。もう、痛みは忘れたはずなのにな) 

 妹を失った痛み……。

 痛みは自分を失うほどの痛みだった。

 その痛みも、戦場を駆け抜け、命の奪い合いに明け暮れる間に、いつしか忘れていった。

 だが、戦いから離れたことにより、彼は思い出す。

 あの日の慟哭を……。



(しっかり傷として残ってんだな。しかも、ちょっと戦場から離れただけで思い出すくらいに。ったく、どうすりゃいいんだ?)


 克服したと思い込んでいた痛みに戸惑いを覚える。

 ただ、以前とは違い、それに涙し、荒れた感情に呑まれることはない。


(一応、割り切れるくらいにはなってるんだよな。俺は冷静だ……たぶん)


 顔を覆っていた手を降ろし、ミシャを瞳に入れる。

 妹とは全く違う姿の少女。

 面影なんてものは微塵もない。

 そうだというのに、彼女からお兄ちゃんと言葉を掛けられただけで、ディランの心は揺さぶられた。

 そこにはあったのは痛みと……懐かしさ。


 ディランは口角を僅かに緩め、痛みをより懐かしさに身を預けた。


「はぁ、わかった。マスターやディラン様呼ばわりよりかはいいからな」

「了解しました、お兄ちゃん」

「はは、よろしくな、ミシャ・・・


 彼がミシャの名を呼ぶと、彼女は眉をピクリと動かした。

「初めて、名前を呼んでいただきました」

「え? そうだっけ?」


「はい」

「そっか」


 ディランは頭を掻くように髪の毛をくしゃくしゃにする。

(ったく、なさけねぇなぁ。無意識にこいつの、ミシャの名前を呼ぶのを避けてたのか……)

 もう一度、ミシャを瞳に入れる。

(思えば、あの時からずっと戦いに明け暮れてたわけだ。自分のためにのんびりするなんて時間はなかったしな)



 ずっと、魔族の脅威から国や無辜の民を守るために戦い続けてきたディラン=ロールズ。

 もちろん、その間にも自分の時間を持つことはあった。

 しかし、彼はそれらの時間を全て遊びに費やしていた。

 そうすることで、過去を振り返る時間を消していたことに、ようやく彼は気づいた。


(そうか、宰相め。俺にこの時間を作るために旅をあっさり許可しやがったなっ)


 六歳年上の宰相ヴァ―リ。

 見た目は幼く身分差はあろうと、彼はディランにとって兄のような存在。

 頭が回り、目端が利く頼りがいのある兄にディランは微笑み、その笑顔をミシャに見せた。


「これから、よろしくな。ミシャ」


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