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黄昏の兄妹  作者: 雪野湯


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宿屋「ヒスイカズラ」

 湾曲する二本の通りが斜めに交差する中央に、その宿屋はあった。

 宿は四階建てで、一階は食堂と酒場を完備。

 表玄関に当たる二階の壁にはでかでかと、『ヒスイカズラ』という看板がかかっていた。

 様相は周囲の立ち並ぶ石壁やレンガで作られた建物とは違い、木造を基軸と置いた建物。

 壁は頑丈そうな土壁で作られているが、それらを囲う建築資材には木を使用している。


 その宿は名前が表すとおり、軒下に緑の宝石のような美しさを魅せるヒスイカズラがたくさんぶら下がっていた。

 


 ヒスイカズラ――花房が50~100cmはある大型のマメ科の植物。花の長さは6~8cmほど。色は名前の通り翡翠色。葉は三出複葉さんしゅつふくようで、一枚の葉が、三つの小さな葉に分かれた形している。小さな葉は楕円形で先が曲がっており革のような質感。


 その他にも、アコン・オオバナミサオノキ・シロゴチョウ・アデニュウム=オベスムなど熱帯地方で多く見られる花々が宿を囲んでいた。

 しかし、今は夏とはいえ、ここ『まほろば』は四季に該当する気温の変動があり熱帯とは呼べない。

 ミシャはシャラノを浮かべて花々を調べる。



(一部は知らない植物ですが、どうやら全て熱帯植物のようにみえます……シャラノで見る限り、この周辺の気候では育たないのでは?)

「ん、これは?」

 ミシャは咲き誇る花たちの足元へ視線を降ろした。

 その様子が気になるようでディランが話しかけてくる。


「どうした、何か気になることでも?」

「はい、植物が根を下ろす土にノスターレ粒子反応を見せる石が散布されています」

「肥料用の魔法石だな。それがどうした?」


「その魔法石とやらの効果で本来適さない場で植物が育てられているようですね。しかも、枯れることなく花を咲かせ続けるように調節されているようで……興味深い」


「そうなのか? 西だとただ植物に栄養を与えるだけなんだが、東だと違う使い方をしているみてぇだな。で、まだ花の観察を続けるのか?」

「いえ、十分です」

「そっか。それじゃ、宿に入ろう」




 木造で作られた西部劇などでよく見かけるスイングドアを押して中へ入る。

 店内は夕刻時らしく喧騒に満ちていた。

 木で囲まれた店内のそこかしこにテーブル席があり、左端には木造の階段。

 店奥には厨房。その手前にはカウンター席もある。

 

 テーブル席もカウンター席も空きはなく、大勢の人々が談笑を楽しみ、食事に舌鼓を打っている。

 

 客は老若男女問わず、さらには種族も多彩であった。

 酒を飲み交わす男どもに微笑ましい団欒を彩る家族連れ。

 仕事帰りの者たちや、恋人と思われる男女。

 人間と獣人が楽し気に語り合っている。

 異種族同士が諍いを起こすことなく食事を口に運ぶ。



 これらの光景はミシャのみならず、ディランにとっても奇妙な光景だった。


町中まちなかもそうだが、この店は色んな連中が仲良く食事ができるんだな」

「通常は違うのですか、マスター?」

「西の方は同じ種族で固まって暮らしてるからな。たまにちらほら別の種族が店に居たりするが、こんなカオスな状況はねぇな」


 そう言って、店中を見回す。

 そこに威勢の良い女性の声が飛び込んできた。



「お客さん、入口で突っ立っていられちゃ邪魔だよっ」

「ん、ああ、すまんすまん」


 ディランとミシャは入り口から離れて横にずれる。

 そして、声を発した女性に顔を向けた。


 顔立ちは良く、とても快活そうな女性。

 年齢はディランよりも少し年上のように見え、赤い瞳と赤い髪を持つ。その髪は長く、フリルが折り重なる白色のリボンで後ろに束ねられていた。

 

 服は地味目の茶色の上下に、白いエプロンをつけている。

 そして、何よりも体のラインがディランの好みの曲線を描いていた。

 まさに、ボン、キュッ、ボンという表現が似合う女性だ。

 

 ディランはその上のボンに視線を吸い寄せられる。

 胸元からは谷間がはっきりと見えており、彼は視線を逸らすことができない。

 その様子に女性は手慣れたように声を産んだ。



「全く、男ってやつは若い奴も年食った奴も変わりゃしないね。ここは宿屋の食堂。腹を満たすところであって、あんたを満たす場所じゃないよっ」

「ああ、悪い悪い。つい、見事なもんだったから。それでだ、君の名前は?」


「この宿を営んでいるスティプトの娘・マイヤだ。あんたらは?」

「俺はディラン。今日、この町に来た。一応、冒険家でギルドから仕事を請け負っていくつもりだ」

「私は連邦の戦闘人形。名はミシャです。よろしくお願いします」

「れんぽう? せんとうにんぎょう?」


 マイヤは眉を折りつつ、首を傾げる。

 それに対し、ディランは片手を左右に振って言葉を返した。

「気にしないでくれ。それよりも、食事は~……無理か?」

「いや、大丈夫だよ。すぐに用意する」



 席という席は先客によって埋め尽くされている。

 しかし、マイヤはにこりとした笑顔を見せて、二人掛けのテーブル席で酔いつぶれている男たちの元へ向かった。


「ほら、あんたたち。食うもん食ったんならさっさと出ていきな!」

「んだよ~、こちとら客だぞ」

「ツケを貯めるような奴が客なもんか。ほら、さっさと帰った帰った」

「相変わらず口が悪いなぁ、マイヤは。良いの柔らけぇ胸だけか」

「触ったこともないのに何ってんのさ? ほら、尻をぶっ叩かれる前に帰んな」


 男たちはぶつくさと文句を言いながらも素直に席を開けて、店から出て行った。

 マイヤはディランたちに顔を向ける。

「すぐにテーブルを片付けるからもう少しだけ待ってちょうだい」


 そう言って、テーブルに散乱していたジョッキや皿をテキパキと片付けて、清潔そうな布巾で手早くテーブルを拭き、椅子までも拭いて、ディランたちを呼んだ。


「片付いたよ」

「おう」

「はい」


 二人は向かい合う形で席に着く。

 酔っ払いが荒したテーブルの表面には汚れ一つなく、そこからマイヤの仕事の手際と誇りを感じ取ることができた。

 彼女はテーブルに水の入ったガラスのコップを置く。

 それを見て、ディランは水をどかすように手を振る。


「おいおい、水の注文はまだしてないが?」

「え? ああ、『まほろば』にある飲食店のほとんどが水を無料で提供しているんだよ。だから、お代の心配はないよ」

「お~、そうなのか? お代わりは?」

「自由だよ。好きなだけ飲みな」

「ほぉ、それはいい町だ」


 と言って、早速水をあおる。

 マイヤはその様子を笑顔で見つめながら、注文を取るついでに、二人の関係を尋ねてきた。

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