屋敷はミシャのもの
「はぁ、自覚がないってのは問題だなぁ。直しようがねぇ。しょうがねぇな、その都度注意するから、頑張って感覚を覚えてくれ」
「了解です」
「しかし、魔法石が身近じゃないってのは不思議な……あ、そっか」
「どうされました、マスター?」
「お前、二百五十年間眠ってたんだもんな。そりゃ知らないはずだ。大気中に浮かぶマナから魔力を抽出して石に加工できるようになったのは、たしか五十年くらい前からだしな」
「正しくは六十三年前だ。ディラン」
依頼料を手にしたアーマッドが窓口へ戻ってきた。
彼は窓口の机に報酬である紙幣を置く。
「ほらよ、二百万アピル。残りは口座に振り込んどいたぜ。それと、お前さんの汚ねぇ荷物だ」
「汚くねぇよっ。ま、それはいいとして……ウフフ、大金だねぇ」
ディランはいかにも金に嫌らしそうな声を上げながら、一つの札束の帯ほどき、半分ほど手に取ってアーマッドに渡す。
「アイアンゴーレムの件で迷惑かけたみてぇだから、これでギルドにいる連中に適当に振る舞っといてくれ」
「いいのか? 俺たちが勝手に先走っただけだが……」
「あいつらの服もバラバラにしちまったからな。色々コミコミだ」
「はは、わかった。ディランの名であいつらに酒を奢っておくぜ」
「頼んだ。でだ、お前は何をしてんだ?」
ディランの隣ではミシャがシャラノ鏡面体を使って黙々と紙幣を調べている。
「通貨が紙幣とは驚きです。さらにノスターレ……魔法石の粉末を使い、偽造防止加工も施されている。これはなかなかの技術ですね」
「ん? まさか、金を見たことがないのか?」
「はい」
「あ、そっか。眠ってたんだっけ。他にも硬貨があるぞ。たしかポケットに……ほれ」
数枚の硬貨をミシャに手渡すと、ミシャはシャラノを使い調査を始めた。
その様子を窓口からずっと見ていたアーマッドがディランに声を掛けてくる。
「さっきから気になっていたんだが、その妙なもの浮かべてるお嬢ちゃんは?」
「この子? 魔術士の屋敷にいた人工生命体だよ」
「ほ、人工生命体!? マジか!?」
「マジだ」
「ほ~、これがねぇ~」
アーマッドは窓口から身を乗り出して、ミシャを頭からつま先までじっくりと観察をする。
そして、唸り声をあげた。
「いや~、錬金術士が生み出す生命の奇跡って話を聞いたことはあるが、実際にお目にかかるのは初めてだ。名前は?」
問われたミシャは硬貨を調べるのをやめて、顔をアーマッドに向ける。
「ミシャです。マスターにそう名付けられました」
「マスター?」
ちらりと視線をディランに移す。
彼は顔の近くで軽く手を振るう。
「なんか、成り行きで」
「どんな成り行きでこんなことになるのか。しかし、人間とほとんど変わらないな。いや、すごい」
「関心しきりのところ悪いが、アーマッドのおっさん。ゴーレムの頭の実検が済んだら、この子に返さなきゃならねぇんだ。いいか?」
「何? それは……」
アーマッドは顔を曇らせる。
明らかに難色を示す態度にディランは眉を顰めた。
「なにか、まずいことでも?」
「いや……その前になんでこの子に返すんだ?」
「そりゃあ、おっさん。今の屋敷の主がこの子だからだよ。だからゴーレムもこの子のもの」
「そうか……まぁ、そうなるか。わかった、首は持って帰っていいぞ」
「そ。だとよ」
ディランは顔だけを動かして後ろにいるミシャに視線を送った。
「そうですか。それでは回収します」
そう言って、彼女はシャラノの鏡面に指を当てる。
すると、ゴーレムは白い光に包まれて、たちまちのうちに消えてなくなった。
その様子に、ディランとアーマッド。
さらにはギルドにいる冒険者や職員までもが目を大きく開いた。
ディランはミシャに尋ねる。
「何、今の?」
「転送です。エネルギー不足で多用はできませんが、この技術を用いればあらゆる物体をデータ化し、その情報を基に一度分子レベルへと分解して」
「ああ、ちょっとごめん」
「何でしょうか?」
「なんとなく、転送って単語でわかるから。魔術士の中に使う奴がいたし。お前さんの使ったのはなんか違うが。とにかく、説明は十分だ」
「了解しました」
ミシャは素っ気なく言葉を返す。
それに対し、ディランは口元だけに笑みを浮かべてアーマッドに視線を移す。
「こんな感じで妙な子だが、悪い奴じゃねぇ」
「たしかに妙だが、悪い子には見えないな。それで、ミシャって言ったな。どうするんだ、この子?」
「なんか、屋敷を修繕するための道具を集めるらしい」
「いや、その子の目的じゃなくて、ディランがミシャをどうするのかって話だ」
「ああ、そういうことか……さて、どうするか」
ディランは身体をミシャに向けて、沈黙と共に彼女の顔を見つめた。
無言のままにじっとミシャを見るディランを、彼女は無垢な瞳で見つめ返してくる。
その様子を見かねたアーマッドが後ろから声を掛けてきた。
「何なら、教会を紹介しようか? あそこは孤児院の運営もしているから、その子を預かってくれる。どうだ?」
この問いにディランはミシャを見つめたまま、こう答えを返した。
「いや、俺が面倒見るよ。俺が起こしちまったわけだしな」
「大丈夫なのか?」
「問題ねぇよ。こいつの面倒を見るくらいの金ならあるし」
彼は後ろを振り返り、ニヤリとした笑みを見せる。そして、受付台から札束手に取り、わざとらしく振って見せた。
そんな彼にアーマッドは半ば呆れたような笑いを見せる。
「はは、無駄遣いすんなよ。ま、ディランのような凄腕と一緒に居る方が安全かもな」
「そういうこと。ところで話は変わるが、日も暮れ始めてるし休む場所が欲しい。近くに宿ってねぇか? できれば、食堂付きの宿。今日は朝めし昼めし抜きで腹も空いてるんだ」
「あはは、それならとっておきの場所がある。このギルドから通りを二つ進んだ先にある、『ヒスイカズラ』って名の宿屋がな」
二人は道順を教えてもらい、ギルドを後にした。
彼らを見送ったアーマッドは小さく呟く。
「屋敷は嬢ちゃんのものか……町長はどうするのかねぇ? 調べたがっていたが……」




