正解のないもの
「拓くん」
「ん?」
「もう時効だと思うけどさ、拓くんのお父さんのこと教えてよ」
「時効ねぇ……犯罪じゃないんだけど。そうだね、じゃ、話そっか。それほど、面白くないけどね」
*
僕の父親は、勉強にうるさい人だった。自分は若くして会社の重役になったから、息子もそうなって当然だと。愛の裏返しだった。あれ?ストックホルム症候群かな?
「拓。この問題をやってみなさい」
1日に1回は言ってくる。
何をするにしても「勉強が先」。そのせいで、僕は勉強が嫌いになった。
小学校低学年の頃は、友達は笑って許してくれた。でも、いつの間にか遠くなった。
中学校になると、父は成績をより強調するようになった。
「全部60点以下じゃないか。せめて、3教科は60点以上取れるようにしなさい」
誕生日には、社会常識の本をもらった。母からは、僕の好きな雑学の本。
「……社会に出ると、話の種が大事だからな」
母のプレゼントを否定された。そんな感じがした。
でも、確かに僕への愛とやらはあった。
「拓……人には、何かを拓く才能がある。誰しも、才能はある。だから、そんな名前を付けた」
いつかは忘れたけど、そう言われた記憶がある。
僕の父親は、僕の才能を勘違いしていた。勉強や人の心を掴むのには才能がない。
「あれ、ママさん。2週間くらい前にも、そんな話してなかったっけ?」
記憶力はあるのに、勉強の記憶は勉強しないと覚えられない。それは僕にとって当たり前なのに。
「そんな記憶力があるなら、文法の一つは覚えられるんじゃないか?」
「……勉強と日常は違うの」
何を言っても、そっけなく何も言わない。謝ってくれてもいいのに。
決定的な瞬間はあの時、久保さんに半ば強制的に家に連れてかれた2日後だった。
言われた通りにワークを解いていると、部屋がノックされた。
「拓……ちょっと来れるか?」
「……待って。このワークを」
「いいから来なさい」
“いいから”……誰のせいでこんなことやってるんだか。やらせるのも辞めさせるのも、アンタの勝手かよ。
いつの間にか、ペンをドアに投げつけた。
ガン、と重めのペンだったから音が大きかった。
「“何をするにもまず勉強”それ教えたの、アンタでしょ」
「……分かった。じゃあ、終わったら来てね」
すっかり萎縮した父は部屋を降りていった。
*
「えー、拓くんこわー」
久保さんは派手にブルブル震えている。
「だって、限界だったんだもん。ただでさえできない勉強をやらされて……」
「ふーん。勉強は苦手なのに、成績は良いんだ。あ、それって、私がいるから?いやー、こんな美人が隣にいると」
「あ、肉まん売ってる」
「コンビニだからどこにでも売ってるでしょ。もうちょっといいのないの?」
コンビニに入って、久保さんは財布を出す。
「拓くんから、いい話聞いたから、今日は私が肉まん奢る」




