コンタクト期間
「久保さんってさ」
僕はココアをストローで吸いながら、久保さんを見る。
「……ん?」
「いつからコンタクトだっけ」
久保さんは昔、メガネをかけていた。でも、いつからコンタクトをするようになった。
「……んー。卓くんと会ったのが小学校の6年生くらいでしょ?」
「うん……」
「それからかな。卓くんって昔は数学……算数が苦手だったよね」
*
4年前のことだった。
小学校6年生の私は、目立たないメガネだった。
そんなある時、先生が言った。
「算数ドリル。終わってないの森川くんだけだからね。これ終わらせないと卒業はできないよ」
我ながら、「バカだなー」と思っていた。
まさか、中学生になれば成績を追い越されるとは思わなかった。
その日私は忘れ物をしてしまい、通学路を引き返すハメになってしまったのだ。急いで教室に戻ると、卓くんが先生の机でドリルを解いていた。
慎重に教室のドアは開けたはずなのに、ガラガラとなるドアは不思議でならない。
「ん……?あぁ、久保さん……」
一回も話したことがないのに、何を話せばいいのかわからない。
先生はいない。
「……あれ、先生は?」
「職員室に戻ってる。うー、また明日には居残りだよ〜」
後半は独り言だった。
なんだか、放っておけなくなった。
「どこ……」
「ここ……」
彼が指差したのは、速さの問題だった。
「“みはじ”習わなかった?」
私が訝しく聞く。道のり、速さ、時間の三つを習ったはずなのに、どうして忘れてしまうのか。
「ごめん。覚えてなくて……」
曖昧に笑いながら答える卓くん。私は問題の一文を指差す。
「いい?例えばね、タカシくんは秒速3mで歩いてるでしょ?」
「うんうん」
それから、なんだかんだ教えてたら夕方になってた。
そして、先生が入ってきた。
「あれ、久保さん……帰ったんじゃなかったの?」
「あー、あの、森川くんに勉強を教えてました。忘れ物をに取りに行ったついでに……」
「助かるよ。速さだから久保さん得意でしょ?」
「……記憶力がいいだけです」
先生は、卓くんを見る。
「森川くん。終わったの?明日から久保さんはいないけど……」
「終わっちゃいました」
「はいー?」
先生は大股で机に近づいて算数のドリルを見る。
「おー、凄い。全部できてる……さすが久保さん」
「……森川くんの理解が早いだけです」
「またまたぁ」
先生と卓くんの声がかぶる。
私は目立たないことを目標にしていた。あの子は、いつでも輝いてたから。
従姉妹の美涼ちゃん。可愛くて、アイドルみたいだった。でも、私は……
「あぁ、久保さん……」
卓くんは私に声をかける。
「ん?」
「誇らしくしてていいと思うよ。謙遜ばっかりだと自信が持てなくなるよ」
「……謙遜?」
「あぁ、自分を低く見るってこと」
先生は卓くんのその言葉に、目を大きくする。
「森川くん。雑学が好きなの?」
「えぇ、意外と」
「その熱量を算数に使いなさいね」
「はーい。気をつけます」
*
家に帰って鏡を見る。
「謙遜か……」
思えば、こういう地味目なキャラが嫌になった時があったんだ……
なら、思い切ってーー
私はメガネを外す。確か、お姉ちゃんがコンタクトを持ってたような……
*
「ほんっと。あの時、成績悪かったのにね」
私は高校生になった卓くんを見る。お互い、あんまり顔は変わってない気がする。
「今は僕が上だからね」
変に胸を張る卓くん。
「はいはい。偉いね。小さいのに」
「身長は同じくらい……って、見たことないよね⁉︎」
おぉ、愉快愉快。
慌てる彼が、なんだか面白かった。




