↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
83/119

【過去回】名字から名前へ

 当たり前だけど、私は最初、拓くんを「森川くん」と呼んでいた。

 でも、あの日は勇気を出して名前で呼ぶことを決めた。


              *


 当時の私たちは中学校3年生だった。

 この時にもなると、私が家に誘うなんてよく見る光景だった。

「森川くん。今日も遊ぼ」

「ごめん。今日は家の用事があって行けないや」

「そっか。じゃあ、また今度ね」

「……うん」

 後で分かったけど、この言葉は拓くんが上手く断る方法がわからなくてついた嘘みたい。

 帰っても暇なんだって。


 給食を食べ終わって、みんなが自由に校庭に出たりしている昼休み。

「ねぇ、名前で呼ばないの?」

「え?」

 まだ知り合いだった加藤さんから、話の流れでそう言われた。

「……森川くんを?」

「そ。あんなに仲良いのに、名前で呼ばないなんてちょっともったいなくない?」

「もったいないって……」

 男の子を呼び捨てするなんて、少しハードルが高い。

 いや、加藤さんが言ったのは名前か.呼び捨てじゃないだけマシか。

「えー……なんて呼べばいいの?たっくんとか?」

「それあだ名。あと、それ幼稚園児が呼ぶみたいな感じするから」

「ダメか」

「ダメじゃないけど……でも、どうせなら名前で呼んだ方がいいんじゃない?今のうちに」

「今のうちって」

「もう少しで受験が始まるんだから、チャンスは今しかないと思うけど」

「んー……」

「ま、行けるとこまで行ってみな。私みたいに行けなかった人は」

 私は、あることに気づく。

「加藤さん。もしかして、また彼氏と別れた?」

「君のような勘のいい中坊は嫌いだよ」


            *


 てなわけで、加藤さんに言われた通りに森川くんを名前で呼んで見るけど。

「た、た」

「ん?どうしたの?久保さん」

 うまく名前が出てこない。てか、ずっと森川くん呼びだったから、今更変えろなんて。

「タラバガニは、名古屋県だっけ」

「ん?いや、タラバガニかはわかなんないけど、カニが給食で出てくるのは富山県とか鳥取だね。あと、名古屋は県じゃなくて市だから。名古屋は愛知県の県庁所在地で……」

 ダメだぁぁ。名前で呼べないぃ。

 このままじゃ、一生名字呼びで終わっちゃう。

 こう言うのって朝一番言うのが私流だから、今日は断念か。

「はああああぁぁぁぁ」

 クソデカため息が出た。


 一応、前振りはしておこう。

「ねぇ、拓くん」

「んー?」

 帰り道で拓くんはのんびりと言う。

「私たちってずっと名字呼びだよね」

「そうだね」

「で、そろそろ私、森川くんを名前で呼ぼうと思うんだけど」

「そうなの」

 森川くんは照れたり、やめてとは言わなかった。

 ただ、事実として処理していた。

「だから、私。いつか、森川くんを名前で呼ぶから」

「ふーん」

  のんびりと彼は雲を眺めていた。

「森川くん。聞いてるの?」

「聞いてるよー」

 彼が眺めている雲は、私にはわからなかった。


             *


 今日は森川くんより早く学校に行った。いつもは一緒に行くけど。あらかじめ、メールで今日は一緒に行かない旨のメールを送った。

 今頃、私がいなくて泣いて学校に行っていることであろう。

 さてと、まずは練習しないと。

「んー……んー……」

 名前を呼ぶ練習ってなんだろう。

 誰もいないところで言うのと、本人を目の前にして言うのとは雲泥の差があるのに。

 ぼーっと考えていると、いつの間にかみんなが登校してくる時間になってしまった。

 森川くんもその中にいた。

「久保さん。おはよう。どうしたの今日は。課題が終わらなかった?」

「いや……違うけど」

「んー。そっか」

 森川くんは話が終わっても、私の前に立っている。

「え、拓くん。どうしたの?」

 思わず、そんな言葉が出てきた。

 驚きで口を塞ぐ。

「はい。できたね」

 そう言って森川くんは自分の席へ戻って行った。

「…………」

 もっと、ロマンチックにしたかったのに。

 かくして、あんまり認めたくないけど。私が森川くんの呼び名を卒業した瞬間だった。


              *


 現在――

「そんなことあったっけ……なんか、自然に名前呼びが定着したのかと思ってた」

 拓くんはその話を聞いて、覚えてないと言う風に頭の中を張り巡らせていた。

「えー……そうだっけ。うーん。思い出せない」

「呼ばせた本人が覚えてなくてどうするの」

 拓くんは演技が上手なのかな?

「じゃあさ、拓くんも私を名前で呼んでみてよ」

「僕はこのままでいいよ」

「じゃ、もしもだから。なんて呼ぶ?」

「……あゆちゃん?」

「きゃー。かわいい。じゃ、それで呼んでね」

「呼ばないってば。僕はこのままがいい」



 忘れるかけがない。あの時、初めて名前で呼んでくれたこと。

「拓くん」

 とぼけたような声でそう言うもんだから、淡白な言葉しか言えなかったこと。

 時間が戻るなら、もっと褒めてあげたかった。

「久保さん。この前見た漫画動画みたいに、メタ発言とか中の人ネタやってみたい」

「そっか。じゃ、次回のことを言おうか。次の話だと私は9割出てこないから」

「中の人ネタは?」

「作者の身長が私より低いこと」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。