【正史・最終回】崩壊のインビジブル
俺が案内した空き教室に入る。あらかじめ、掃除用具入れや教卓の下も確認しておく。
誰もいない。
だから俺は、お前だけを要求したんだ。俺の言うことは聞くし、小細工もしない。
何されるかも知らずに。
「で、山西くん」
「あー」
「僕がいない間、久保さんのは特に何もしてないの?」
「は。するわけねぇだろ。女なんて大袈裟に話を広げるだけだろ。やったところで俺の立場が悪くなる。だから俺は、お前だけを狙った」
「……じゃあ、なんで久保さんを狙ったの」
「え?あぁ、あれは誤算だ。俺がいない間の連絡係がたまたまいたから、便乗したんだよ。お陰で久保に怪我をさせたらしいじゃん?まぁ、元気に走ってたからプラマイゼロだな」
我ながら、よく口が動くものだと思う。
「渡辺ってやつだ。隣のクラスの。好き放題するといい」
「……なるほど」
森川は少し間を空ける。
「僕はいいよ。これからも好き放題してもいい。でも、久保さんを巻き込まないで」
「は。それが本音か」
良くできたものだ。久保を巻き込まないでか。そう言われると、巻き込みたくなるな。
「お前はかっこいいな森川。久保のためにそうやって心を擦り減らして、自己犠牲は何も考えないんだな。やー、かっこいいな。でも、するしないも、俺の匙加減一つだ」
「…………」
「やらない保証ってのがないな」
「……僕はどうすればいいの?」
「はは、交渉か。それだけ久保を巻き込みたくないか」
「久保さんには、不幸せなんて似合わないから……」
立派な言葉ばかりで反吐が出る。コイツらは綺麗事製造マシーンなのか?
「いいなー。ま、やるってのは変わるかな?変わんないかな?」
「…………」
森川は床に膝をつける。
「お?」
こいつが取った行動は、土下座だった。
「お願いします……これ以上、久保さんを」
「うるせーな!」
そう怒鳴って、横から森川の腹を蹴る。
「そう言うなら仕方ないな。俺が久保を可愛がってやるよ。寝取ることだってできるんだ。俺は男で、久保は女。力関係くらいわかってんのか?あ?」
そして、うずくまってる森川の横腹を踏む。
あまり効果はないが。
「お前は一生自分のチンコしごいてろ。童貞のままでいろ。それがお似合いなんだよ。お前みたいなやつはな!」
ついでに、しゃがんで髪も掴む。
「そんな風に休んでた方が良かったんだよ!久保も国木田も水乃も!お前のことを腹で笑ってるんだよ!ちょうどいいじゃねぇか!俺に久保のメールを教えろ!俺がお前の代わりになって久保とイチャコラしてやるよ‼︎」
とどめに、頭を床にうちつける。
「明日から来るなよ森川」
そう言って、空き教室から出ようとする。
だが、伸びるように現れたのは……
「久保……」
帰ったはずじゃなかったのか。
「ち」
突き飛ばして、急いで階段を駆け降りる。
どうなってるんだ。なんでここにいるんだ。靴箱も念入りに確認した。
下駄箱に行くと、そこには男がいた。
「よぉ山西」
「水乃……お前も森川たちの味方か」
「あぁそうだよ。俺はアイツらの大ファンだ。ゴールド会員だな」
「なんだそれは」
この前と同じく、水乃の脇をくぐり、下駄箱を出た瞬間だった。馬鹿だな。内ばきでも俺は外に出れる。
何かが足に引っかかって、俺は盛大に転倒する。
「いて……てて」
額や足から血が出ている。まるで、子供の怪我みたいだ。
振り返ると、そこには……
「宮野……」
「山西。もうやめろ」
「馬鹿かよ……俺はまだ」
すると、宮野が俺の肩を掴む。
「目ぇ覚ませよ!お前がやったことは許されないことなんだよ!手遅れにならないうちにやめろ!いや……今すぐやめろ!」
「……お前は……お前は」
声が小さくなる。
確かに、宮野は俺みたいになる前に引き返した。
…………あれ?
「頭冷えたか?」
水乃が割り込んでくる。
「…………」
「ま、2人に謝るのはいつでもいいからな」
そう言って水乃は、帰って行った。
「いた。拓くん」
「宮野くん。ありがとう。でも、やり過ぎかな」
森川と久保が追いついた。
「わ……血が出てる……保健室に連れて行かないと。山西くん大丈夫?」
森川が俺に手を伸ばす。
だが、反射的に俺はその手を弾いた。
「…………悪い。帰るわ」
頭を抑えて、ふらふらと帰った。
*
あの後、山西くんは自主退学した。
でも、その前に僕たちは先生に生徒指導室に呼び出された。
すると、そこには山西くんがいた。
呼び出した先生は、そのまま指導室を出ていく。
「俺は……」
山西くんが口を開く。
「2人のことが、嫌いだった。昔から1人だったから、お前らが羨ましかったんだと思う……もちろん、昔の事情を言っても許さないだろうけど……いや、許さなくていい。俺は、宮野が言った通り、引き返せないところにいた。自分で余裕ぶって落ちただけなんだよな」
「…………」
「久保。足、大丈夫か?」
「……うん。もう、治ってきてる」
「そうか。本当にごめん」
「…………」
久保さんは無言だった。
「2人にも、謝ることがいっぱいあるな。陰口吹き込んだり、森川は殴ったり」
「そうだね……久保さん。その目はやめて」
久保さんの山西くんを見る目は、明らかに憎悪のものだった。
「確かに」
僕は指を組む。
「山西くんからしたら、許されないことだと思う。でも、僕たちは許さない。もちろん、山西くんは許してほしくてこんなことを言ってるわけじゃないよね」
「……あぁ。はなから、許して欲しいなんて思ってない。森川は……俺が一生理解できないほど、ぐちゃぐちゃになったらしいな。宮野から聞いた」
「うん……1日半泣いた。でも、それでこの作戦が思いついた。敵から学ぶこともあるね」
山西くんは笑わなかった。
「……転学するの?どこにいくの?」
「青葉に行く。元々、俺はこの学校の勉強にはついていけなかった。だから、誰も知らないような学校でまた学び直す」
「そっか」
僕はスマホを開いて、メールを開く。
「はい」
そのまま、彼にIDを見せる。
「え?」
「交換しようよ。勉強でわからないところとか、近況を聞かせてくれないかな?あぁ、監視じゃないよ。友達ができなかった時、心の支えになれば」
「…………」
山西くんは、スマホを僕に返す。
「ごめん。俺には、これをやる資格がない」
「…………」
「森川は、いい奴なんだな。宮野が自首した気持ちがわかる」
「……言い過ぎだよ」
僕たちは、なんとなく笑った。
*
一ヶ月後――
「ん……」
スマホが振動した。
「どうしたの?拓くん」
「山西くんから」
「え?メッセージ交換しなかったんじゃ」
「ID覚えてたのかも……」
メールを開くと、そこには友達と写っている山西くんがいた。
彼の顔は、前会った時より明るかった。
「……楽しそうじゃん」
久保さんが言う。
「うん。生き生きしてる」
そうして僕は、『いいじゃん」と返信した。




