【正史】再来
信用なんてどこかに消えた。俺は邪魔な前髪を全部オールバックにする。
「どいつもこいつも、幸せ顔しやがって」
頭をよぎるのは、森川と久保。
アイツらのせいで俺は壊れた。
*
宮野くんが停学から戻ってきて1週間たった。でも、山西くんは戻ってくる兆しを見せない。
「ほっとけよ。お前が気にかけるメリットないじゃん」
零くんがめんどくさそうにあくびをする。
「でも、未消化と言うか。不完全燃焼で終わるのは……」
久保さんも知らん顔で僕に話しかける。
「そうだよ。宮野ならともかく、山西に借りを作るような真似はしないほうがいいと思う」
「んー……そうなんだけど。僕って、済ませないと気が済まないっていうか……」
久保さんも「うーん」と唸った。
「その気持ちもわかるけど、ほっといたほうが身のためだと思う……」
「俺も」
*
念の為、俺は停学から戻って来たふりをして学校に行ってみた。さすがに、オールバックにはしてない。あの後、少し後悔した。
「お、山西くん」
睨むように見ると、そこには森川と久保が並んでいた。
「来てくれたんだ。昨日が停学解除だったらしいね。来なかったから心配したよ」
嘘ばっかだな。俺のことなんか微塵も心配してないくせに。どうせ、俺が来てない間にうらみつらみを話してたんだろ。
宮野も、俺には話しかけてこない。アイツなりに、責任を感じているのだろう。チラチラと俺を見ているが、話しかける気も起きない。
「久保さんはともかく、僕は山下くんをもう責めないし、悪いことも言わない。だから、お互い気持ちよく過ごすために引きずらないで過ごそ」
森川は純粋な顔で俺に聞く。
「さぁな。お前らが仲良くしてるのを見てらんないかもな。あと、お前らは毎日気持ち良い“せいかつ”してんだろ。大体、お前らみたいのを世の中はセフレって言うんだぞ」
その言葉に、久保が嫌な顔をする。
「あのねぇ、言葉に気をつけて」
久保がキレ顔で俺を睨みつけながらの言葉を、森川が止める。
「おーい。朝からピリピリすんなよ」
そう言いながら水乃が割り込んできた。その後ろには、多くの友達。一軍を味方につけるか。
「山西。停学開けおめでとう。また停学にならないように注意しろよー」
顔は笑っているが、声は笑ってない。完全に、森川たちの味方ってことか。
*
「拓くん。やっぱり、もう関わらないほうがいいって」
私は拓くんに忠告をする。一応、山西と席は後ろだから聞かれないために階段の踊り場で小声で話している。
「うん。さっきのを言ったからもう関わらないつもり。でも、久保さん。何をされたかは知らないけど、相手を刺激するようなのはダメだよ」
「ごめん……私、感情的だから」
「うん。僕も。なんとかして我慢してる感じ」
理性的な人って、こんな感じなのかな?
*
「で、冷蔵庫を開けたらキャベツが大きくてさ。昨日は回鍋肉にしたんだ」
「うんうん」
お互い、山西のことは水に流した。
でも、それを良しとしないのは相手だった。
「……拓くん」
「ん?」
「ちょっと、机が真っ黒だけど」
「え?」
「見ないほうがいいかも」
ここにいるように指示をして、拓くんの机を見る。
「あいつ……」
周りの人に見られないように、私のカバンを置く。
見るに耐えない悪口が殴り書きされてあった。
まさか、こんなに大胆に立ち回るなんて。でも、本人は教室にいない。
先生に言って、机を交換してもらった。水性ペンらしいから、よく擦れば消えるらしい。
「久保さん……」
拓くんが名前を呼ぶ。
「山西は、まだ恨みがある……拓くん。気をつけたほうがいいかも」
「うん……」
「多分、山西は私を狙わない。拓くんを狙ってると思うから、私から離れないで」
それにしても、当の山西がいない。なんで、拓くんの表情を見るんじゃなかったの?
いや、まさか拓くんの心をすり減らすのが目的?
どちらにせよ、陰湿極まりない。
「体育……どうしよう。私、いないけど」
「お、なら俺が見てよっか?」
その様子を見ていた水乃くんが声を上げた。
「いいの?」
「おん。ペアも組もうぜ。俺の友達はそれくらいじゃ怯まないからな」
そう言って馴れ馴れしく拓くんの肩に手を置く。すこし、警戒した。
*
「ったく。森川もかわいそうだよな」
体操をしていると、零くんが声をかけてきた。
「え?」
「久保と仲良くしてるだけで嫌がらせされるなんてな。別に誰がどいつと仲良くしようが勝手なのに」
「……多分、山西くんも宮野くんも僕と久保さんに嫉妬に近いのを抱いてたんだと思う。でも、宮野くんはそれを自制した。山西くんは自制が効かなかった。結局、山西くんの今は、宮野くんの写し鏡でもあるのかも」
「おーおー。難しいこと言うな。久保に翻訳してもらおっかな」
「要は、宮野くんも山西くんみたいになってたってこと」
「あぁ、ね」
僕の言うことってそんなに難しいかな。まぁ、久保さん基準でいつも話してるから、そう感じるのも当然なのかな。
*
「クーちゃん。大丈夫?なんか注意散漫だよ」
「え?」
私は和泉ちゃんとトスの練習をしている。
「外してるし、変な方向に飛ぶし」
「ごめん……」
和泉ちゃんの指摘に、謝ることしかできない。
「水乃くん?だっけ。そこは任せてもいいんじゃないの」
「……うん」
和泉ちゃんは教師の家だから、人を見る目は信用してもいい。
「さて、張り切って集中しよ」
笑って和泉ちゃんが言う。
「うん。今日はゲームだからね」
そう言うと、和泉ちゃんからトスが飛んできた。
*
「俺が考える仮説はこう」
零くんは、お昼を食べている僕たちに向かって言う。
「山西は俺らが登校してくる1時間前から24時間前に森川の机に落書き。そこから、家に引き返した。これじゃね?」
確かに、零くんの言うことは的を射てる。
「でも、山西くんはどうやって誰にも見つからずに家に帰ったの?」
「そりゃー、裏ルートで」
確かに。僕らでも知らない道なんてごまんとある。あながち、間違いではない。
「確かに。犯人は山西で確定かも」
久保さんは頷きながら言う。
「じゃあ、あとはやってるのを見つけてとっ捕まえる感じ?」
続けて久保さんが言う。
「それしかないだろ」
零くんはニヤリと笑う。
*
翌日の朝――
僕と久保さんは、和泉さんより早く教室に着いた。1番乗りだ。
でも、代償はある。久保さんが少し寝坊したせいで、コンタクトをつける暇がなくてメガネになった。
ちなみに、久保さんが言うにコンタクトの装着に3分はかかるらしい。まだ慣れてない証か。
「……まだ、なにもないね」
*
結局、和泉さんが来るまで張り込んでみたけど山西くんは現れなかったし、学校にも来ていない。
「おかしいよ……」
「いや。今日は何も仕掛けない日だったのかもしれない」
久保さんは驚いた顔をする。
「なんで……あの調子なら、バンバンやってもおかしくないでしょ」
「僕の場合……安心させてから貶めるかな」
そう。継続的な絶望は意味がない。アニメだって、何回もダークなのが続いたら飽きる。
「じゃあ、山西は一定間隔で拓くんを……」
「可能性はある。だから、充分警戒しないと」
久保さんは恐る恐る口を開く。
「こんなこと言ったらさ、拓くんはどうするかわかんないけど」
「うん」
「学校、来ないほうがいいんじゃない?」
その言葉は、彼女の口から出たのか一瞬疑った。
「……でも、いや、逃げてるみたいだからってわけじゃないけど、僕は休まない」
「…………」
「久保さんに被害が向くことはないだろうね。今すぐには」
「…………」
「しばらく山西くんは僕がいなくてせいせいする。でも、その後が心配」
「でも、拓くんが」
「僕は居続ける。そんなのは、もう気にしない。気にしたくない」
強く言うと、久保さんは頷く。
「わかった……」
彼女の顔は、腑に落ちない感じを漂わせていた。




