普通
人は、自分基準の“普通”を持っている。生まれた環境で“普通”は作られる。
テストの点数が65点。なんとも言えないものを表すために、“普通”を使うのだろうか。
”普通“は壊れることがある。
僕の“普通”は中学校2年生で壊れた。
「拓。友達と遊ぶには、まずこの問題をしなさい」
小さい頃からそう言われてきた。
保育園で出来た友達に、公園に誘われた時だった。
僕の父親は、よく言えば勉強熱心だった。
簡単な足し算や引き算の問題集だった。僕は毎回それをやって友達と遊んでいた。
小さい頃は、それでも普通に友達は遊んでいた。
「森川くん。おそい」
「ごめんね」
「いいよ。あそぼう」
小さい子は、時間は気にしないからそれでも遊べた。
でも、それが効くのは小学校低学年くらいだった。
「森川。また来れないの?」
「ごめん。このままだと、宿題が終わる頃にはみんなが帰る時間かも」
「んだよ。ま、無理はするなよ」
最初は、それで皆は許してくれた。
でも、皆はついに僕を遊びに誘わなくなった。
僕は気づいた。
みんなと遊ぶために宿題をしていたのかと。
そう思うと、宿題をする気がなくなったしまった。
「拓。宿題は終わったのか?」
父は1日に1回はそれを言ってくる。
「まだ……」
「まだ……夕飯の前には終わらせなさい」
「……んー」
「……なにかあったのか?」
父は僕の隣に座った。
「僕って、友達と遊ぶために、宿題をしてるんだって」
「そうか……でも、それじゃ知識はつかないぞ」
それから僕は……理由なんてないけど勉強が嫌いになった。確かに知識は付くし、いいことしかないのだけれど……
先生から返された算数テストの点数は、30点だった。
「……拓。なんだこれは。しっかり勉強したのか?」
父は失望したかのような目で僕を見た。
「してない……勉強に、意味が見えない」
「いいか?勉強をすれば身につくものがたくさんあるんだ。忍耐力や知識。頭を働かせることで考える力、論理的思考が身につくんだ」
言ってることは正しい。
思えば、教科書の内容を写すだけという神経のようなことをしていた。
「……勉強の仕方を変えればいいかもしれないな」
父は、僕の考えを見透かしたようなことを言った。
こんなことばかりで、久保さんと出会えてから良かったけど。
でも、中学2年の後半に両親は別れた。離婚したのだ。
賢明だったと、今でも思う。
そこから、答えのない“普通”が始まったわけだけど。




