避難
ママさんが帰ってくるまで、あと数十分。夕飯を食べ終わって部屋でダラダラしていると、インターホンが鳴った。
あれ、ママさん鍵忘れたのかな?と思いつつドアを開ける。
「…………あれ?」
そこには、メガネをかけて、私服の久保さんが立っていた。
「え、どうしたの?久保さん」
「みんなが嫌になった」
「え、え?」
その時、久保さんの目がウルウルし始めた。
「わ、わかった。とにかく上がろ。話は後で聞かせてね」
お水を出すと、久保さんは話し始めた。
「あのねぇ、全部お姉ちゃんが悪いの」
*
数十分前のこと
「若葉!また壁に穴開けたでしょ!」
どうやら若葉は、床水泳をしていて足をバタバタしていたら、壁に穴を開けてしまった。
「自分の部屋ならまだしも、リビングに穴を開けたら」
「私じゃないぞ!やったのは歩果だ!」
それが、歩果に知られ。
「え、私じゃないって。床水泳やってるの見たことないでしょ?」
それでも、歩果を攻める親。
「えぇい。もう、やだ!拓くんの家に避難してやる!」
*
「てな感じで、私が疑われて……」
「…………お母さんは、どうしてお姉さんの嘘を見抜けなかったの?」
思ったことを言ってみた。
「お姉ちゃん。たまにしか嘘つかないんだよ。だから、みんなから信頼されてるの。そのせいで、私が疑われてる」
「あぁ、でも、これで皆気づくんじゃないの?久保さんじゃないって。お姉さんもきっと反省してるよ」
久保さんは一口水を飲む。
「だといいねー。てなわけで、一晩泊めてくださいな」
「切り替えが早いね」
僕はコンロに火をつけて味噌汁を温め直す。
「麻婆茄子とご飯と味噌汁だけど大丈夫?」
「え?ナス好き!」
やれやれ。ママさんに残した分が。
あれ?そう言えば。
「久保さん。着替えは?」
「いいもーん。これで押し通すもん」
久保さんが着てるのは、白色のパーカー。それは……
「あぁ、そう。じゃ、シャンプーとかは親が使ってるもので代用させるよ」
それは、古着屋の時にお姉さんが買ったものだ。
偶然かもしれないけど、大切にしてるのかな。お姉さんに貰ったもの。
すると、リビングの玄関が開く。ママさんが帰ってきたのだ。
「あれ…………久保さん?」
「こんばんは。色々あって」
「あらら……」
離婚を経験してるだけあって、中々に事情を理解してる。でも、それほど深刻なものじゃないけどね。
「じゃ、泊まっていきなさい」
意外と話が早い母で助かった。
「そんなわけだから、久保さんにシャンプーとか使わせてあげて」
「そうだね。男物のシャンプーなんて嫌よね〜」
「一応、兼用のやつなんだけど……」
*
自分の無遠慮さを、少し恥じていた。
私はお風呂に入りながら思う。ご厚意で湯船を沸かしてもらった。
「……あ!」
スキンケアを忘れてしまった。申し訳ないけど、拓くんのお母さんの洗顔料で凌ごう。
でも、なんでお姉ちゃんはなんであんな嘘ついたんだろ。私のことはどうでもいいらしいけど、身代わりにすることはなかったはずだ。
「んーー」
それにしても、メガネがないとほんとに見えない。シャンプーどこ?
目の見えない人は決まった位置に物を置くから、ある程度は生活できる。でも、ここは他の人の家のお風呂。
あー、見えない。
湯船から上がって、手を伸ばしては動かす。
お、この感触はシャンプー。よしよしと、プッシュして髪につける。
ワシャワシャ泡立てて……あれ、泡立たない。おかしいな。うーん……あ!
「リンスだったーーーー‼︎」
*
「あ、寝るとこどうしよう」
ふと、僕はぼやいた。まさか、僕の部屋なんてないはず。ママさんだって、そこは考えるはず。んー。でも、あの母だから適当そうだな。
あってはいけないから、念のために……
すると、コンコンコンとノックの音が聞こえる。
あーお。タイミングが悪い。
ドアを開けると、久保さんがいた。
「どうしたの?」
「寝るとこだけど、どうしようか」
「…………あ、それなら。空いてる部屋があるからそこを使うといいよ」
僕は部屋の物入れから、敷布団を出す。
その部屋は、父親が使っていた部屋だ。でも、それらしい痕跡はないし大丈夫だろう。




