卓くんの忘れ物
思えば、私と卓くんの仲が良くなったのは最近のことだった。
中学校の3年生で一緒のクラスになるまでは、ただの知り合いという感じだった。クラスが違ったから距離が遠くなったというのはあるかもしれない。
卓くんは帰宅部で、私はバドミントン部だった。だから、帰りがかぶるなんてものは部活のない月曜日くらいだった。
だから、何を話せばいいのかわからなくて、前にいる卓くんの後ろを歩くことがほとんどだった。
だから、私は少し焦っていたのかもしれない。あの頃に戻りたいって思ったのかもしれない。
いつも通り廊下ですれ違って、「やぁ」と手をあげる彼に私は久しぶりに声をかけた。
「森川くん……」
「ん……」
「今日、部活ないから一緒に帰らない?」
「……あぁ、いいよ。じゃ、下駄箱で待ってるね」
淡白な返事で、どこか無気力な感じだった。
言われた通りに、下駄箱につくと卓くんはそこに立っていた。帰りの約束を告げた時と同じで無気力なまま。
「……森川くん?」
「あぁ、久保さん」
声をかけながら靴を履き、並ぶ。少し私より背が低かった。少し遠目で見てたからかもしれない。
「それじゃ、行こっか」
歩いてしばらくして、私は話題を振った。
「ねぇ、森川くん」
「ん……」
「なんか、無気力な感じだけどどうかしたの?元気ないよ」
「あぁ、ちょっとね」
無理に笑ったのが私にも分かった。彼は何か、傷ついているのかもしれない。
「……なにかあったの?」
「うん、ちょっと……」
それを繰り返すばかりだった。これは、ただならぬものを感じた。
「なにか、お家のこと?」
それを言った瞬間、驚いたような目で私を見てきた。
「え、森川くん……?」
「うーん……」
彼は何か迷っているようだった。
「まぁ、合ってるけどね。でも、久保さんには関係ないよ。苗字は変わらないし……島風卓なんて、似合わないでしょ?」
「……………」
「じゃ、僕はこっちだから」
その時だった。無意識に私は彼の腕を掴んでいた。
「……久保さん?」
「私にはわかるよ。お家が苦しいんでしょ?」
「……そうだね。親も光の皮を被った闇だから」
きっとそれは、彼を悲しませないためのもの。子供でも、ずっと一緒にいれば心の感情なんて見透かされてるようなものだ。
「だから、来て……!」
「…………わかった」
*
私は卓くんを家に上げた。少し緊張しているのか、卓くんはもじもじしている。
ジュースを出すと、卓くんは話し始める。
「親が離婚するのは、薄々知ってたよ。なんか、僕がいるときは態度がよそよそしかったし」
「うん……」
「でも、聞いた話……僕らが家を出て行くことはないから。親権は母親になるって。だから、安心してよ」
「…………うん」
長いため息をつきながら、卓くんは手で顔を覆う。
「……私にはよくわからないけど」
「…………」
「こう言うのは、大人に任せようよ。森川くんは変わらないんだから」
「…………」
「たまには他力本願だよ。自分ばっかりが気にしたら何にもできないでしょ?だから、こういうのは大人に任せて、森川くんはそのままでいいんじゃないの?だって……」
「…………」
「森川くんは、まだ子供でしょ?」
その言葉を聞いて、卓くんは笑い出す。
「ハハハハハハ。そうだね。まだ中2じゃん……」
しばらく適当な話をして、卓くんは「帰る」と言い出した。
靴を履いて、クルリと私を見る。
「久保さん。今日はありがとうね。なんか、一気に軽くなったよ」
「良かったよ」
「あぁ、もう少しでスマホを買ってもらいそうだからメッセージ交換しよ。あぁ、学校には持って来れないか」
その言葉を聞いて、二人とも笑い出す。
「じゃ、またね。久保さん」
「うん、またね。森川くん」
*
それから、3年生になって私と卓くんは同じクラスになった。
「あ、久保さん」
「森川くん……あ、あの後どうなった?」
後からまずいことを聞いてしまったと感じたが、それは杞憂だった。
「離婚は成立したよ。でも、母親が働き出したちゃったから暇なんだよ」
「そっか……あ、うちにはいつでも来てね。ゲームもあるし」
「ゲームか。やったことないな」
「え?なにしてんの?」
「雑学の本読んでる。もう6周」
「よく飽きないね」




