お互い怒ってた
「いやいや。森川。目玉焼きにソースって」
「意外と美味しいんだよ。卵の白身にかけると濃厚な味でペロリと食べられるんだよ」
零くんと何ともない話で盛り上がっている休み時間の教室。
「零くん。教科書とかは出したの?」
「え?出してないけど。やー。森川は偉いね。きっちり教科書を出して。久保なんて、俺と同じで出してないし」
「んー。零くんと久保さんは“だらしない”と言っても性質が違うって言うか。零くんはなんか、やる気はあるけどやらないみたいな。久保さんは根っからやる気がないから……」
その時だった。
教室中に、パァンと乾いた音が響いた。
「久保さん?」
明らかに、涙目を浮かべてる男の子。その前には久保さんが立っていた。
僕は大慌てで久保さんに駆け寄る。
「おーおー。保護者様の登場かよ」
叩かれた彼を見る。
この前、僕たちの陰口を言ってた人の1人。
「久保さん。何があったの?」
久保さんは滅多なことがないと怒んないし、じゃれ合いで誰かを叩くことはあっても、本気じゃない。
でも、彼の目には涙。
相当痛かったのか。
「久保さん。何があったか説明して」
「…………」
思わず、叩かれた男子の方を見たけど彼も何も言わない。
「久保さん……」
「はあああぁぁぁ」
久保さんはデカいため息を吐いて、舌打ちをした。
「コイツが、拓くんの悪口言った」
ちょっとした悪口なら、聞き流す久保さんだけど叩くっってことは相当なのか。
「なるほど」
すると、先生が入ってきた。
「ん?どうした?静かだけど」
クラスメイトの1人が「久保さんが武貝くん叩いた」と言った。
「はぁー?ちょ、とりあえず指導室……」
「先生、僕も着いて来ていいですか」
思わず、そんなことを言ってた。久保さん、喧嘩強いから取っ組み合いでもしたら軽いいざこざどころか、学校側の処分になりかねない。
「そ、そうだな……森川も来てもらおう」
新任の先生だから、こう言うトラブルには慣れていないらしい。
念のためだけど、久保さん怒ってると見境ないから。
*
指導室に着くと、生徒指導の先生がいた。
立ってる先生の隣に武貝くんが座る。
久保さんも座ろうとするが僕は「まだ」と言って止める。
「座ってください」
その声に、先生と武貝くんの向かいに僕たちは座る。
「どうしてこんなことになったのか。久保さん、説明してくれますか?」
「……コイツが拓くんの悪口を」
「久保さん。多分、どんな言葉を言われたのか聞かれると思うよ」
「…………」
僕の言葉に、久保さんが固まる。
「森川くん。久保さんも本人の前では言いにくいと思うので、ここから出てもいいんですよ」
「……いえ、暴走しそうなので」
武貝くんも、先生の前なのか何も言ってこない。
「……で、誰だっけアンタ」
久保さんは武貝くんを見て言う。
「武貝だよ」
「それで、コイツが拓くんの悪口を……『くっついてばっかで気持ち悪い』とか……その程度なら許せました。でも、どんどん酷くなって『体の関係で成立してる仲』だとか、『絶対に1発やってる』とか」
「それは言ってないだろ……」
「しら切るな!こっちは覚えてるんだよ!」
「久保さん落ち着いて」
僕がなだめると、久保さんは息を荒くして大人しくなる。
「先生。悪口より殴る……叩く方が悪いですよね。結構痛かったんですけど」
久保さんは乱暴に立ち上がる。パイプ椅子が大きな音で倒れる。
「アンタが悪口言うからいけないんでしょ⁉︎私のせいにしないでよ‼︎」
バンと机を殴る久保さん。
「久保さん……!」
「それに、アンタは前々から……」
「久保さん」
「大体、悪いのは悪口を教室で言った」
「落ち着きなさい」
ギロリと彼女を睨みつけて、僕は言う。
「今話しているのは、何」
「……私がコイツを叩いたこと」
「そうだね。でも、それに乗じて過去のことを蒸し返したり批判するのはやめて」
「……わかった」
久保さんは倒れた椅子を直して座る。
「武貝くん」
彼の隣に座っている先生が言う。
「久保さんが言った悪口は本当?」
「……そうですよ。なんて言ったかは叩かれて忘れちゃったけど……まぁ、そんな感じのことを言ったのは覚えています」
「……なるほど。まぁ、今は授業中だから話は後でゆっくり聞きます。放課後にまた指導室に来てください」
「……あぁ、すみません」
僕が控えめに手を上げて言う。
「散々久保さんが吐き散らかしたので、僕も一つ。武貝くん」
「あ?」
「言ったことは叩かれた衝撃で忘れた……」
「そうだな。思いっきり叩かれ」
「人になすりつけるんじゃないよ」
その声は小さくて低かった。
「……は?」
「さも自分が被害者のように振る舞ってるけど、元々はあんたが撒いた種……被害者ぶるのもいい加減にしてくださいよ……!」
「…………」
「僕たちは先に戻ります……武貝くんは2分後に出てください。では、失礼しました」
久保さんも僕の後ろに着いて行く。
廊下に出て、僕たちは並んで歩く。
「久保さん」
「…………」
「ありがとう。僕のために怒ってくれて」
久保さんはため息をつく。
「拓くん、もっと怒っても良かったんだけど」
「まだだよ。今はこれくらい……放課後にまた呼び出されて良かったよ」
「……そ。はぁ」
久保さんの目にも涙が浮かんでいた。
「ハンカチは?」
「無い」
「やれやれ」
僕はまだ使ってない手洗い用のハンカチを彼女に渡す。
「ありがとう」
*
放課後の時間になってから一時間くらい経った――
指導室から、久保さんが出てきた。
「お疲れ様。どうだった?」
「怒られた。状況が状況だから今回は罰がないって。でも、その分怒られた」
すると、武貝くんが出て来た。
久保さんは僕の前に立つ。
僕は彼女の前に立つ。
「お疲れ様」
「何でお前に言われなきゃなんねーんだよ」
多分、久保さんの倍は怒られてた。結構イライラしてるし。
「……そもそも、言われる方も言われる方だろ」
「…………」
「お前らのその仲の良さ……」
「『体の関係で成立してる仲』って言いたいの?」
「……そうだよ。どう考えてもお前ら、セ」
僕は大股で彼に近づいて、人差し指をヤツの額に刺すように置く。
「そんな紙みたいに薄い仲だったら、僕たちはこんなに仲なんて良くない」
「…………」
怖気付いたのか、一歩引く。
「それを考えられないような奴が、僕たちの悪口を言う……ほんっっと、吐き気がするよ‼︎」
「……な、なんなんだよお前ら。揃いも揃って……もういいよ。お前らに構わなきゃいいんだろ」
そう言って、彼は逃げるような大股で廊下を歩いて行った。
僕たちはその姿を、ただ見てた。




