「メモは書きました。」
最初の客は、料理用に使う香草が入った小袋を買っていった。
次に来た青年は冒険者らしい装いで、薬草の包みと薬液の瓶を手にしてカウンターに向かってくる。
「これくださ——いっ?!」
青年の声が途中で裏返った。
視線はリリアを見たあと、黒いリボン辺りで止まった。
リリアは両手で包みと小瓶を受け取る。
「お二つですね」
品物を確かめたあと、値段表を思い出す。
「銅貨三枚、銀貨一枚です」
値を伝えたあとも、青年はまだ動かなかった。
「あの……大丈夫ですか?」
リリアが首をかしげたあと、慌てて青年が腰の袋から硬貨を取り出した。
「あ、あぁごめんごめん。ぼーっとしてた!」
硬貨を渡したあと、青年はふと隣の子猫に視線を向けた。
少し眠たげな青い目で、じっと見られていた。
「か……かわいい猫だね。ま、またくるよ!」
包みと小瓶を鞄に入れたあと、青年は早足で出ていった。
リリアが丁寧に頭を下げると、黒いリボンが少し揺れた。
「ありがとうございました」
それから数日。
朝はハーブ園の水滴を眺める。
昼前には黄色い前掛けを身につけて、ネムと一緒に店のカウンターに立った。
慣れないうちは、客が置いた品物と値段表を何度も見比べた。
香草の小袋なら値段表を見なくても会計できるようになった。
客の中には、リリアのことを「黒リボンの子」と呼ぶ人も何人かいる。
* * *
四日目の昼過ぎ。
淡い若葉色の髪をした少女が、扉の前で一度足を止める。
看板を見たあと店内へ入り、小袋や棚をしばらく見て回る。
棚から塗り薬の小壺を両手で取ったあと、壁に貼られた手書きの用紙に目を向けた。
そのあと、少女はカウンターに来る。
近づいてきた少女の耳は、リリアより少し長い。
「あの……これと、魔物よけが欲しいの、ですけど……」
声をかけて、というセージの言葉をリリアは思い出す。
「ご用意しますので、少しお待ちください」
そう伝えたあと、作業場の方へ顔を向けた。
「セージさん、魔物よけを一つお願いします」
声をかけたあとすぐに、奥から「了解した」と返事が聞こえる。
魔物よけを作ってもらっている間に、少女がぽつりと名乗る。
「エルシア……です。まだ、旅を始めたばかりで……」
リリアと同じ、新人の冒険者だった。
「リリアです。この子はネム」
エルシアは、カウンターの端に座るネムに声をかけた。
「こんにちは。かわいい子。あなたが……リリアさんのパートナー?」
ネムは声をかけられ、目を瞬かせた。
エルシアは少し頬を緩めて、リリアの方に顔を向ける。
「いつから一緒にいるの、ですか?」
リリアは少し考えてから、ネムを見た。
「五年くらい前から、です」
ネムはカウンターの端で、しっぽを小さく揺らす。
「屋根裏にいることが多かったので、ずっと一緒にいたというより……気づいたら家にいた、という感じです」
エルシアはもう一度、ネムを見た。
ネムは、じっとエルシアを見返している。
ちょうどその時、セージが奥から出てきた。
「お待たせしました」
セージが代わりに、硬貨を受け取り品物を渡してくれた。
エルシアは魔物よけを腰に提げたあと、こちらに小さく手を振って店を出た。
* * *
五日目。
オウバの妹さんが帰ってきたらしく、今日はオウバが店番を担当することになった。
「リリアちゃん、せっかくだからミナモの町を見ておいで」
リリアはぱっと顔を上げたあと、小さな声で気になっていたことを聞いた。
「はい!……あの、雑貨屋はどこにあります?」
「雑貨屋さん? ここからだと、まず店を出て左だね。そのあと右側に大きな橋がある。それを渡ったら左に曲がって……」
リリアはメモ紙を取り出し、小さく復唱しながら文字を書いた。
「店を出て、左。右側の大きな橋を渡って、左……」
オウバが少し目を丸くする。
「うん。そこまで合ってるよ」
「そのあとにも橋があるんだけど、渡るのは二つ目だよ。そしたら看板が見えるはず」
「二つ目の橋を渡る。看板」
リリアは最後まで書くと、紙を両手で持って読み上げる。
「店を出て、左。右側の大きな橋を渡って、左。二つ目の橋を渡る。看板」
オウバは少し笑って、うなずいた。
「うん、完璧」
「ありがとうございます。これで大丈夫です」
リリアは足元にいるネムに声をかけた。
「行こう、ネム」
店を出たあと、リリアは胸元で小さく拳を握る。
「……よし。今回はちゃんと、書いた」
ネムは、立ち止まったリリアを見上げた。
リリアは胸を張っている。片手にはさっき書いたメモを握っていた。
ネムは青い目を細めたあと、片耳を少し斜めに向けた。




