「ハーブ園で売り子します。」
ミナモの町に着いた後は、セージに案内されてハーブ園へ来ていた。
園内は花壇や鉢植えがいくつも並んでいた。
石で囲まれた土の場所がいくつかあり、リリアの知らない草が植えられている。
足元にいるネムは、しばらく鼻をくんくんしていた。
近づきすぎると、ぷいと顔をそらしている。
猫には香りが強いのかも。
リリアは、棘がある厚い葉を伸ばした鉢植えの前で足を止めた。
花壇のそばには、水撒きの魔法具らしきものが置かれていて、葉にはまだ小さな水滴が残っている。
朝に動いていたのかもしれない。
リーベルの道具屋で見た薬草とは、比べ物にならないくらいの種類の草が育てられている。
「……種類がとても多いです」
「すごいだろう?このハーブ園は家族経営でな、私もお世話になっている」
「もういっそのこと、この町に住もうかな……」と、本気で言ってそうなセージの話を聞きながら、ハーブ園の中心の方へリリア達は歩いていく。
中心の区画に、茶色い短髪の青年がいた。
花の手入れをしている最中だったが、セージが横から声をかける。
「ただいま帰ってきた。少し、遅くなってしまったが……」
セージが川沿いで採れた野草を渡すと、青年はやわらかく笑って、お礼を言った。
「いやー、いつもありがとうセージさん。助かるよ」
「気にしなくていい。それと、紹介したい子がいるんだ」
セージが、近くにいたリリア達を紹介する。
「森で偶然出会った子たちでね。まだ新人の冒険者とのことだ」
青年がにこりと笑って、自己紹介をしてくれる。
「ようこそ、ミナモのハーブ園へ。僕はオウバ、一応ここの長男だよ」
リリアも丁寧に挨拶を返した。
「はじめまして。リリアです。
足元にいるこの子はネム」
オウバは、足元にいる子猫に視線を移す。
「かじらないでね……といっても、猫には苦手な香草もあるから気をつけて」
オウバは近くの鉢植えを指さした。
「これとかね。細い針みたいな葉が特徴で、青や紫がかった白い花が咲くよ」
セージは花に顔を近づけた。
「鼻にすっと強く香るのが、私は好きだ」
リリアが鉢の根元をのぞきこむと、土に小さなプレートが刺さっていた。そこには、海雫草と書かれている。
そのあとセージが、ふと思い出したかのように言う。
「そうだった。人手が足りていないなら、リリアに売り子を頼もうと思ってたんだがどうだ?」
「え、いいのかい?」
リリアは背筋を伸ばし、胸に手を当ててまっすぐに答えた。
「任せてください。道具屋で売り子をしたことあります」
オウバはぱっと顔を明るくした。
「いや、ほんとに助かるよ。今日はみんな出かけていてね……。じゃあ、隣の建物に移動しよう!」
そのあと、ハーブ園の隣にある小さな緑の建物に案内してくれる。
入り口の看板には『薬草屋』と書かれていた。
オレンジ色の扉を開けると、乾いた草の香りがふわりと広がった。
店内には乾かした香草の束や、虫よけの袋、魔物よけのお守り草が、壁や天井に吊るされていた。
「種類は多い。だが、だいたいは分かりやすく分けてあるんだ」
セージが店内の奥から薄い木の板を持ってきた。
リリアは両手で受け取り、一行ずつ文字を追った。
香草、茶葉の小袋 銅貨三枚
薬草の包み 銅貨三枚
薬液の小瓶 銀貨一枚
塗り薬の小壺 銀貨一枚
香り、魔物よけ 奥の者に声をかけること
リリアは最後の一行を指差す。
「セージさん、これは?」
「あぁ、それか。少し見ていくといい」
セージはリリアを連れて、店の奥にある作業場に案内する。
作業台の横には、小さな鉢植えがいくつか並んでいた。
台の上には、薄布の小袋と細い紐が置かれている。
セージは小袋をひとつ手に取った。
「香り袋にするか、魔物よけにするかで中に入れる葉が変わるんだ。注文を聞いてから詰めるから、これだけは私を呼んでくれ」
「わかりました」
近くにいたオウバが、セージを見た。
「おぉ……さすがだね。
あっ、リリアちゃん。あとで宿に話を通しておくよ。せっかく来てくれたからね」
「い、いいんですか?」
「言ったろう。助け合いだと」
セージが言った。
リリアはぱっと表情を明るくした。
「ありがとうございます!」
リリアは頭を下げたときに、ふと足元に目を落とす。
「……あれ?ネム、どこ行ったのかな」
「ネムちゃんなら、カウンターの端っこにいるよ」
オウバが売り場の方を指差して言った。
「……え?」
オウバに言われて、リリアは店内に戻る。
カウンターの方を見ると、眠そうなネムがあくびをしていた。
ずっと歩いてたから、疲れたのかもしれない。
声をかけずに、そっとしておいた。
「水とか、好きに使って。僕は宿の人に伝えた後、ハーブ園に戻っているから」
「了解した」
セージはリリアの背にある大剣に目を向けた。
「それは、店に立つには少し邪魔になるな。作業場に立てかけておこう」
リリアはセージに背中を向けた。
「お願いします」
リリアが肩の留具を外してる間、セージが大剣に手を添えてくれる。
セージは大剣を両手で持ち上げると、作業場の壁際に立てかける。
それから、黄色い前掛けを持って戻ってきた。
「リリア、これを。前掛けだ」
リリアは胸元まである黄色い前掛けを身につけ、首の後ろと腰の紐を結んだ。
最後に、前掛けの結び目を指先で確かめた。
「……よし。準備できた」
セージはリリアの黒いリボンと黄色い前掛けを見て、少し目を細めた。
「なかなか似合ってるな。私は裏にいるから、何かあれば呼んでくれ」
そう言って、セージは裏の作業場へ戻っていった。
リリアはカウンターの内側に立って、入口の方を見た。
左側には、ネムも同じようにして座っている。
昼過ぎの薬草屋で、一人と一匹の店番が、最初の客を待っていた。




