「初めての夜営は、想定より温かいです。」
マチウオを川に返した後、セージがリリアたちが獲った魚を代わりにさばいてくれる。
とても手つきは慣れていて、魚はあっという間に鍋に入る大きさになった。
「……鍋から森の匂いがします」
「それが、三香葉の香りだよ」
ぶつ切りにした魚の身を、鍋に入れる。
そこへ、水香草を細く刻んで落とす。
湯気がふわりと立った。
魚の匂いに、青い葉の香りが混じる。
「水香草は臭みを抑えて、香りを立ててくれるんだ」
ネムは鍋の湯気を嗅いだ。
それから、魚の入っている方だけを見た。
セージは鍋に塩を入れる前に、魚の身を少し取り分ける。
「猫ちゃんの分だ」
リリアはそれを受け取り、ふぅっと息を吹きかけて少し冷ましてからネムの前に置いてあげる。
「あついから、少し待ってね」
ネムはじっと待っている。
「さて、もういい筈だ。食べようか」
匙で魚の切り身とスープを掬って、二人分を器に分ける。
「いただきます」
「遠慮なく食べてくれ。自然の味を、楽しむんだ」
リリアは木の匙で、魚の身をすくった。
白い身はほろりと崩れ、湯気の中で青い葉の香りが立っている。
魚の身はやわらかく、三香葉の香りがあとからふわりと広がった。
水香草の青い匂いも、川辺の雰囲気とよく合う。
「おいしいです」
「それはよかった」
セージは満足そうにうなずいた。
町の食事とは違う。
椅子もないし、屋根もない。
「……これが、夜営」
リリアが小さく呟いた。
「初めての夜営か?」
「はい。でも想定より、夜営です」
「夜営はだいたいこんなものだよ」
ネムは少し冷めた魚の切り身を、少しずつ食べていた。
昔からそんなに食べる方ではない猫だったが、リリアが用意する食べ物は毎回食べていた。
「この川沿いの先、ミナモの町なら、明日の昼前には着くだろう」
セージが鍋を混ぜながらリリアに聞いた。
「着いたら、何かする予定はあるのか?」
リリアは少し考えた。
リーベルで貯めた硬貨は、あの鋼鉄製の大剣でほとんど使ってしまった。
つまり……。
「……まずは一日、働きます」
セージは一瞬、予想外の返答に少し驚く。
「……そうか。なら、知り合いのハーブ園がある。そこの売り子をやってみるか?」
「いいんですか?既に色々と、助けていただいてますが……」
セージは真面目すぎる返答に少しだけ笑ってしまう。
「あぁ、構わないぞ。本来、冒険者とは助け合うようなものだ」
器と鍋を片付けながら、セージは軽く言った。
「今日はもう休むといい。少し、疲れただろうしな」
「ありがとうございます、セージさん」
食事を終える頃にはすっかり暗くなっていた。
火の明かりだけが、周囲を照らしている。
リリアは外套を肩に掛けて、夜空を見上げる。
夜の星を見ながら、いつのまにか眠りについていた。
* * *
翌朝。
リリアは川の音で目を覚ました。
朝の空気は少しひんやりとしていて、草の先には水玉が乗っている。
草の上に置いた大剣は、革カバーに入ったまま静かに横たわっている。
その上で、ネムがだらんと寝ていた。
前足も後ろ足も、力なく伸ばして。
「そこは寝床じゃなくて、大剣だよ……」
ネムは目を開けない。
尻尾の先だけが揺れていた。
リリアの大剣は、ネムと一緒に寝ていた。
* * *
軽く朝食を済ませたあと、川沿いをリリアたちは進んでいった。
セージの足取りに迷いはない。
リリアたちも、後ろからついていく。
木々の向こうに、石造りの小さな橋や水辺に並ぶ家が見え始めた。
それに、町の中には細い水路が何本も走っている。
石畳の道には水面の光がちらちら反射していた。
「着いたぞ。ミナモの町だ」
リリアは町の入口に立ち、水路と橋が入り組む景色を見つめた。
「……水が多い町ですね」
「ミナモだからな」
「それに、橋も多いです」
「最初は、迷路のように思えるかも知れない」
リリアたちの初めての旅は、ようやく次の町へたどり着いた。
問題は、町の中にも入り組む道があることだった。




