「森の案内人は狐さん?」
リーベルの町を出た入り口のところに、黒い大きなリボンが特徴の少女が立っていた。
リリアは両手で地図を広げて、真面目な顔で見つめている。
『リーベルの町 案内図』と書かれた地図を。
「……」
間違いなく、おばちゃんに教えてもらった地図を取ったはずだった。
説明は聞いた。
銅貨も確認した。
お礼も言った。
じゃあどこで間違えたのか。
内心ではかなり焦っている。
町の外なんて、ほとんど知らない。
知っているのは、山菜を取りに行く道くらいである。
足元に視線を落とす。
ネムは前足をぺろぺろと舐め、顔をこすっていた。
尻尾の先が、ゆっくり揺れている。
(……ネムは、とても落ち着いている)
見習うべきかも知れない。
小さい頃、お母さんに言われた言葉を思い出した。
『いい?リリィ。冒険者はね、突然トラブルに巻き込まれることもあるの』
『うん』
『だから、何が起こっても冷静に対処するのよ』
そういってお母さんは、リリアの頭を撫でて優しく教えてくれた。
そうだ。
旅にトラブルはつきものだ。
地図が町の案内図だったくらいで、別に慌てる必要はない。
むしろこれは、新人冒険者の最初の試練なのかもしれない。
リリアはゆっくり地図をたたみ、ポーチにしまった。
「旅の行き着く先なんて、誰にも分からない。それが冒険というもの……」
「よし。行くよ、ネム」
リリアは迷いのない足取りで、リーベルの森へ向かって歩き出した。
ネムはその背中を少し見つめる。
それから身体をぷるっと軽く震わせると、とことこ後ろをついて行った。
* * *
町から少し歩いた頃。
リリアはふと足を止め、首を傾げた。
道の先に、見覚えのある動物がいた。
ふさふさした大きな尻尾。
ぴんと立った耳。
人を待っているような、こちらを誘っているような、そんな仕草。
「……あの時の狐さん?」
リリアは目を瞬かせる。
五年前に見た時より、少し大きくなっている。
けれど、その姿には見覚えがあった。
迷い狐。
町から来る人を迷わせて遊ぶ、小さな魔物。
少し歩いては振り返り、相手がついてくるのを待つ。
そうして、道から外れた方へ誘い込む。
それが、この狐のいつもの遊びだった。
狐はリリアを見た。
次に、足元にいる子猫を見た。
ネムはその視線を受け止めてから、リリアの顔を見上げる。
リリアは、前と変わらず、狐に会えて少し嬉しそうな顔をしていた。
けれど、ネムは覚えている。
あの日、迷いこんだ先で何があったのか。
自分が、何もできなかった事を。
ネムは座り、リリアの足元から狐を見た。
鳴くことも、威嚇もしない。
じっと見つめる。
青い瞳が淡く光った。
迷い狐の耳が、ぴくりと震える。
狐はもう一度、リリアを見た。
次に、ネムを見た。
それから、何事もなかったように向きを変える。
さっきまで誘おうとしていた草むらではない。
森の奥へ続く、細い道の方だった。
狐は少し歩いては振り返った。
リリアたちがついてきているのを確認すると、また細い道を進んでいく。
「なるほど。……この子は森の案内人なんだね」
リリアは感心したようにうなずいた。
ネムは、一度だけ尻尾を振った。




