「それなら、安心だね。」
大きな門をくぐると、広い通りを何台もの馬車が行き交っていた。
道沿いに並ぶ木々は、ところどころ葉を黄色く染めている。
涼しい風が吹き抜け、エルシアの青灰色の外套をふわりと揺らした。
その脇を、小さな蝶がひらひらと横切っていく。
宿の食堂は、夕食時の客でかなり賑わっていた。
店内に入ると、橙色の頭巾を被った店員の女性がすぐ声をかけにきてくれた。
リリアたちは壁際の席に案内され、長椅子に並んで腰を下ろす。
リリアはさっそく、テーブルに置かれた品書きを手に取った。
そこにはこう書いてあった。
『本日のおすすめ品!!』
『数量限定 ベルクス特製 香味和え ~雷鳥の爪を乗せて~』
リリアが品書きに指先を置いて、店員に注文を伝える。
「すみません、本日のおすすめと……あと果実水もお願いします」
店員は、本日のおすすめ1つと復唱し、短くメモに書いていた。
エルシアが一息つき、フードを後ろに下げている間に、隣のリリアはすでに注文を伝えていた。
「なに頼んだの?」
リリアは品書きをエルシアに渡す。
「数量限定の、ベルクス特製香味和えです。雷鳥の爪も乗せてあるみたいですよ?」
「ら、雷鳥!? いるのかな、それ……」
「あと、果実を使った飲み物も美味しそうです。わたしは木苺にしました」
エルシアは品書きを少しだけ眺める。
そのあと注文が決まると、店員に視線を向けた。
「鶏と茸のフリカッセと、この、果実の飲み物で……お願いします」
元気よく頷いた店員は、最後の注文をメモする。
それでは、ごゆっくりー!と言ったあと、他の冒険者のところへと飲み物を運びに戻った。
店内の賑わいを眺めているうちに、二人の前に料理と飲み物が運ばれてきた。
リリアの皿には、細長く伸ばした小麦生地が盛られ、香ばしい油が艶やかに絡んでいる。
その上には、赤く尖った実が一本乗っていた。
「……これが、爪?」
エルシアの前には、鶏肉と茸を白いソースで煮込んだフリカッセ。
「これが、ふり……?」
二人が料理を食べ進めていると、エルシアが飲み物を手に取った。
淡い赤色の飲み物には、細かな木苺の果肉が浮かんでいた。
「おいしい。……ねぇリリア、なんだかあったかくない?」
リリアは、料理をフォークでくるくる巻いて器用に食べている。
ん?とエルシアに顔を向けたリリアの顔は、汗を浮かべていた。
「はい。たしかに、結構効きますね」
置いてある果実水をリリアは手に取ったあと、飲み干した。
「苺がおいしいですね。もう一杯頼みます」
「じゃあ、私も……」
食事を続けているうちに、エルシアの頬はほんのり赤くなっていた。
壁際には、リリアの新しい剣が立て掛けられていた。
そのそばには、ネムが座って後ろから二人を見守っている。
ただ、エルシアがリリアとの距離を詰め始めた頃には、ネムはだんだんと目を細めていった。
「リリアぁ?」
食事を終えて、口元を拭いていたリリアは隣を向く。
「はい?……な、なんだか近いですが……」
エルシアがリリアの袖をつまむ。
「……私はねぇ、こう見えてね?魔力だけは、自信があるの!」
「えっ、じゃあ本当はすごい攻撃魔法とか打て……」
「それは苦手なの!」
リリアが言い切る前に、エルシアがテーブルに顔を伏せた。
そのあと、顔だけこちらに向く。
「里での鍛錬でもね、エルは丈夫だからって。……みんなが〝硬いエルシア〟って呼ぶの!ひどいよね?」
リリアは曖昧な笑みを浮かべる。
(エルシアに、なんだか変なスイッチが……)
ふと、エルシアの方からアルコールのような匂いがする。
香味に紛れて、今まで気づかなかっただけだった。
リリアはエルシアへそっと顔を寄せる。
「え、なに……」
「匂いますね」
エルシアが泣いた。
「あっ。エルシア?ち、ちがうよ?そういう意味じゃなくて!」
フードを深く被ったエルシアは、そのまま完全にふて寝してしまった。
翌朝。
エルシアは、まだぐっすり眠っていた。
リリアはネムを連れて、次の行き先を探しにベルクスの街へ出かけた。
* * *
昼過ぎ。
リリアは馬車の発着所の受付へ来ていた。
「ダラッカ街道方面なら、あちらの三番乗り場ですよ」
「ありがとうございます」
リリアはネムを腕に抱き、三番乗り場に向かった。
乗り場の脇に立つ札には、黒い文字で「三番」と書かれていた。
「よし、エルシアを呼びに戻ろっか」
宿に戻ると、エルシアはリリアの帰りを待ってくれていた。
「リリアおかえり。お昼まだ食べてないよね? 食堂から、パン持ってきたよ」
テーブルには、具をたっぷり挟んだパンが置かれていた。
焼いた鶏肉に葉野菜、ゆで卵、酢漬けの野菜。香味油をまとった玉ねぎまで挟まっている。
リリアは頷いて椅子に座ると、早速かじる。
「これ……おいしいですね」
エルシアは頬を緩める。
「よかった。遅くなってごめんね」
「ぜんぜん大丈夫です。次の行き先、見つけましたよ」
「どこいくの?」
「ダラッカ街道方面です。馬車で行きましょう」
「ちゃんと聞いたの?」
「はい。受付で、三番乗り場と確認済です」
それを聞いて、エルシアは目元を和らげる。
「それなら、安心だね」
「エルシアの寝癖を直してから、出発しましょうか」
「……へ?」
エルシアは自分の髪をあちこち触って確認すると、後ろ髪がぴよんと、数カ所跳ねていた。
* * *
その頃、リーベル村では――
リリアの母は、夕飯の買い出しを終えて帰路についていた。
その途中、顔なじみの雑貨屋の店主が、片手を振りながら近づいてきた。
「あらノーラさん、買い物の帰り?」
ほんの少し遅れて足を止める。
相手へ身体を向けて、柔らかく微笑んだ。
「こんにちは。今日はもう店じまい?」
雑貨屋の店主は軽く手を振る。
「今日はねぇ、昼から息子に任せてあるの! だから、私もこれから買い出しに」
「あら、いいわね」
店主はさっと距離を詰めると、口元に手を添えて声を潜めた。
「それで、リリアちゃんからは便りとかはきてないのかい?」
「それがきてないのよ……」
視線を落とすと、店主は一歩離れ、困ったように笑った。
「……まっ、そういう可愛い所もリリアちゃんらしいね〜」
「はぁ。心配だわ……」
夕暮れのひんやりとした風が、髪を揺らす。
視線を上げると、色づいた木々が目に留まった。




