「泉では、息ぴったり。」
リリアとエルシアは、水音がする泉に向かって慎重に歩いていた。
ぱちゃぱちゃと聞こえていた水音が突然止む。
リリアとエルシアも、同時に動きを止める。
リリアたちに気づいた小鳥は、濡れた身体をぶるっと震わせると小さく鳴いた。
「ちゅんっ……!」
小鳥はそのあと、奥へぱたぱたと力なく飛んでいった。
リリアたちは鳴き声が聞こえた場所へと近づく。
泉の水面には、小さな羽根が波紋を残して浮いていた。
「……驚かせちゃったかな」
エルシアが羽根を見つめていると、腕の中でネムが身じろぎした。
前脚を伸ばして足元を見ている。
「降りたいの?」
エルシアは腰をかがめ、ネムをそっと地面へ下ろした。
不意に、すぐ近くで水音がする。
ぱしゃ、ぱしゃ。
エルシアは顔を上げる。
そばにある岩には、脱いだ外套とキュロットが重ねられ、その上に黒いリボンが置かれていた。
浮かべていた白い光は、水音のした方へゆっくりと移動していく。
光に気づいたリリアが、泉の縁にしゃがんだまま振り返る。
リリアの瞳と、エルシアの視線が重なる。
ほどけた長い黒髪が肩から背中へまっすぐ流れている。
リリアが頬にかかった髪を濡れた指で払う。
揺れる黒髪が、水面から返る淡い光を細く弾く。
「エルシアも一緒に、泥を落とす? 水、少し冷たいけど」
リリアは、ほんの少し頬を緩める。
「……え」
エルシアの返事は、一拍遅れた。
そのあと慌てて視線をそらす。
「わ、私は……先に周りを見ておくね」
リリアが不思議そうに首を傾げた。
岩のそばにいたネムも、同じように首を傾ける。
(そういうときは、息ぴったりなんだ……)
リリアのそばに白い光を一つ残し、エルシアは手のひらにもう一つ灯した。
白い光を浮かべて辺りを見てみると、鳥の子が消えた道とは別に、もう一本の細い道があった。
エルシアは、自分たちが来た道を仮で南と決めて、順番に覚えていく。
北には、子鳥が消えた道。入り口には岩のくぼみがある。
西には、泉へつながる細い水路。人は通れそうにない。
東には、まだ確かめていない細い道。
南が、自分たちの来た道。
そのあとは、リリアが着替え終えていたのでエルシアも泉の水で泥を落とした。
岩の上で座って待っているリリアに、周辺の事を伝える。
エルシアはもう一つ、大事な事を思い出した。
「この空洞には、他にも二つの道があったよ。……それと、ね」
エルシアは視線を足元へ落とす。
さっきまで伸びていた背中が、少しだけ丸くなった。
「どうかしましたか?」
「地図、なくしちゃったの……」
エルシアはぎゅっと目をつむる。
リリアは岩から立ち上がった。
「道なら、ありますよ。ここは、もう湿地帯じゃないので」
エルシアは恐る恐る目を開く。
「……え?」
リリアは何も言わず、空洞の奥へ目を向けた。
白い光の届くぎりぎりのところで、ネムが岩のくぼみの前に座っている。
うっすらと光る青い瞳は、こちらを見ていた。
「……なるほど。たしかに、鳥さんも同じ道へ飛んでいきましたね」
リリアは納得したようにうなずき、エルシアへ手を差し出す。
「行こう」
エルシアはその手を取り、そっと握り返す。
伏せていた顔を上げ、小さく笑った。
「……うん」




