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12/20

「リリアとなら、進める。」


昨日は鍛錬を終えてから、そのまま薬草屋に向かった。

奥の作業場に立て掛けてもらっていた大剣を背負ってから、薬も何種類か買い揃えた。


その時はオウバさんが作業場に、妹さんはカウンターにいて、ねこじゃらしっていう草をネムの前で揺らして遊んでくれた。

普段は省エネ気質なネムが、パンチを連打していた。


翌朝。

まだ日が昇らない頃、リリアは夢を見ていた。


『お母さん、わたし冒険者になっていい?』


『どうして?』


『強くてカッコよくなりたい!』


『……そうなのね』


母はしばらくリリアを見つめたあと、いつものように目元を緩めた。


『ずいぶん物騒なものに心を奪われたわね』


『物騒なの?』


『一体誰に似たのかしら……』


母は静かに立ち上がり、リリアの手を握る。


『強くなりたいのなら、お母さんが稽古をつけてあげるわね』


リリアは首をかしげた。


『お母さんが?』


『そうよ』


リリアは母に手を引かれて、家の前へ出た。

二人が向かい合えるほどの空間はあった。


母は一息つくと、表情を引き締めた。


『かわいいリリィのためですもの。お母さんは鬼になります!』


『ええーっ!』


リリアは頭の白いリボンを押さえて目を丸くした。


『まずは、きれいに立つところからね』


『はーい……』


鳥の鳴き声で、リリアは目を覚ました。


「……ん」


その時、脚の上になにか重みを感じた。

身体を起こしてみると、ネムが上に乗って寝ている。


リリアは洗面所へ向かい、顔を洗って身支度を始める。


さいごにリボンの結び目を確認して、大剣を背負った。


「……んしょっ」


部屋を出ると、宿の受付の人に声をかけてリリアたちは宿を出た。


桟橋はミナモの西側にあり、森に繋がる川が流れている。


今回は西に行くだけ。


迷わず桟橋に辿りついたリリアとネムは、先に来ていたエルシアをみつける。


「おはよう、リリア!」


「おはようございます。早いですね」


「遅れたらいけないなと思って、つい……」


少し眉を下げたエルシアの視線が、ふとリリアの背負っているものに向いた。


「リリアって、大剣を使うの?」


「はい。そろそろ出番が来るはずなので」


リリアの目はキラキラしていた。


「……そ、そうなんだ」


エルシアがなんともいえない表情をしていると、そこへ声がかかる。


「おっし、揃ったか?」


「は、はいっ!」


エルシアが先に、乗船の手続きを済ませておいてくれていた。

リリアは銅貨を船頭に渡す。


「さぁ乗った乗った!」


船頭が小舟をゆっくりと漕いでいった。

森に入ると、棲んでいる生き物の説明をしてくれる。


「生き物も様々、珍しいのもいるぞ」


リリアが枝に停まった、羽根の色が綺麗な鳥を眺める。


船頭が川の外側を指差した。


「見ろ。ありゃ群れで過ごす、ネズミの仲間でな。少しデカいが、非常に性格はおだやかだ」


そこには耳と手足が短く、全身は毛で覆われていて、鼻が少し大きい動物が川沿いには並んでいた。


エルシアが少し反応する。


「ちょっとかわいいかも……」


船頭がエルシアに尋ねた。


「そういや、なんでわざわざ湿地帯を抜けるんだ?」


「麓の村に、行ってみようと思っていて……。先に里から出た姉が、最初に寄るって話をしてたの、です」


リリアはエルシアに聞いてみる。


「お姉ちゃんには、会える?」 


「ううん、結構前だから」


「そうなんですね……。会いたいですか?」


エルシアは首を振る。


「私も一人前になるって、決めたの」


リリアは胸に手を当てて頷く。


「うん。頑張ろう」


リリアがにこりと笑うと、エルシアも小さく笑った。


「なるほどなぁ。確かにあの工房は、手の込んだ道具、革や布を使った装備も有名だ」


「うーん、お姉ちゃんは何か作ってもらったのかなぁ」


リリアが腕の中でじっとしているネムに聞いてみる。


「……せっかくだから、なにか作る?」


リリアの問いにネムは反応せず、たまに耳をぴくっと動かし、周りを気にしている様子だった。


「そろそろ、湿地帯近くの船着き場に着くぞー」


エルシアは地図を広げて場所を確認している。


船頭が真面目な顔で言った。


「湿地帯は早めに抜けたほうがいい、危険な生物もいるからな。……日がくれたら、沼からは離れるんだ。いいな?」


リリアはさいごまで聞いたあと、ちゃんと頷いた。


「わかりました」


船頭は、忠告をしてから小舟で戻っていった。


地図を見ながらエルシアが呟いた。


「ど、どきどきしてきた……」


リリアは湿地帯の入り口を少し見回したあと、立ち止まっているエルシアを呼ぶ。


「大丈夫。エルシア、行こう」


「うん……。えっと……真っ直ぐ、だよ」


地図を見ているエルシアの言うとおりに、少し歩いて進むと、リリアが呟いた。


「……広い。それに」


エルシアが首をかしげる。


「……?」


リリアが泥の近くで見つけたカエルは、想像とは全然違った形で見つける。


グォン……グォン……。


「か……かえるさんが、デカすぎる……」


手のひらサイズの茶色いカエルが、ばちゃっと大きな音を立てて向こうに跳んでいった。


声は野太く、まったくかわいくなかった。


さらに進んでいくと、段々と草が生い茂り、地面も柔らかくなって足場も良くない。


上を見上げると、木々で空が見えにくく薄暗く感じる。


生き物は多いのに、どこか不安になってくる。

湿地帯は、そんな環境だった。


「これは……想定外」


エルシアは目を丸くした。


「リリアは、湿地帯に行ったことあるんだったよね?」


「はい。近所のお爺さんが作った湿地帯ですが……」


エルシアが肩を落とした。


「て、手作り……」


エルシアの足取りは少し重くなってきていた。

リリアも肩に疲れを感じ、汗だくになっている。


「……エルシア、そろそろ休憩する?」


「そ、そうだね……」


倒れている木に、リリアとエルシアは腰を下ろす。

昼食用に持ってきていた果物と、お茶で一息つく。

その間ネムは、耳をぴんと張り、辺りを警戒していた。


太陽は、すでに真上を少し過ぎている。


一息ついたあと、リリアが先を歩く。

その後ろをエルシアが付いてくる。


エルシアの表情は少し暗かった。

でも地図のおかげで、危なそうな道、険しい場所、広い沼は避けれている。

それでも、不安だった。


「あってるのかな……」


実際の湿地帯は天候に左右され、地形も少し変わっている。

見通しも、そこまで良いわけでもなかった。


エルシアが、リリアを呼び止めた。


「リリア、待って」


リリアが足を止めて、振り返る。

エルシアが地図と、目の前の水辺を交互に見比べていた。


「地図には、ないはずなのに……」


「新しくできたんでしょうか?」


地図にはない沼が広がっていた。

仕方なく、リリアたちは安全そうな外側へ迂回する。


沼を避けて外側を歩いていると、エルシアが足を止めた。


木の根が張り出した下に、穴のような暗い場所が見える。

入口の周りには崩れた土と小石が積もり、奥から冷たい空気が流れてくる。


「地図に、ここも載っていない……」


リリアは身をかがめ、穴の中を覗いた。

ネムは鼻を小さく動かしている。


しゃがめば入れそうだった。


「近道でしょうか?」


「……道じゃないと思う。リリア、このまま進もう?」


リリアは立ち上がって頷いたあと、外側をまた進んでいく。

できるだけ乾いた足場を進んでいたが、途中で斜面が出っ張る箇所があった。

リリアが草地を通り過ぎたあと、エルシアもその後を追った。


その時──


濁った水面に浮かんでいた小さな葉が、ゆっくりと左右へ分かれていく。

突然ネムがリリアの腕を蹴って足元に飛び降りる。

ネムが身体を向けた先で、黒緑の頭が水面を押し上げた。

太い前脚が草地を踏み、分厚い身体がのっそりと沼から這い出してくる。

その口先は、リリアではなく、すぐ後ろにいるエルシアへ向いていた。

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