「お世話になりました。」
明日に備えて、リリアは朝から泊まっている部屋の片付けをしていた。
終わったあとは、水を飲みに宿の1階にある共用スペースへと向かった。
ちょうど、話をしたかったセージさんが席に着いていた。
水差しに入ったお茶を、コップに注いでいる。
「おはようございます、セージさん」
「おはよう。一緒に飲むか?」
「はい。いただきます」
リリアが席に着くと、セージさんがお手製のお茶を備え付けのコップに注いでくれる。
一口飲むと、冷たいお茶はほのかに甘く、爽やかな香りが鼻を抜ける。
朝から動いたあとの身体に心地よく、自然と頬が緩んだ。
お茶を味わったあと、少ししてリリアは口を開いた。
「あの、セージさん。薬草屋に来た耳の長い子、覚えてますか?」
「ん? 大人しいエルフの子だな。
若葉のような髪色が綺麗だった、覚えているぞ」
「はい。その後も町で会って……麓の村に、一緒に行くことになりました」
「次の行き先が決まったか。
オウバなら、今日はハーブ園にいるぞ」
「分かりました。
セージさん、色々とお世話になりました」
リリアは両手を重ねて姿勢を正し、丁寧に頭を下げた。
「なんだか照れくさいな。
リリア、また戻ってきたときに会おう」
「はい。また」
リリアはコップのお茶を飲み干したあと、もう一度頭を下げてから席を立った。
セージはその背中を見送ったあと、口元を少し緩める。
リリアは部屋に戻ってネムを連れ、宿の近くにあるハーブ園に向かう。
オウバに軽く経緯を話し、明日にはミナモを発つことを伝えた。
「なるほどね。短い間だったけど、ありがとう」
オウバは、小さな革袋をリリアに差し出した。
リリアは両手で受け取ると、革袋の中で硬貨が数枚鳴った。
「あの……いいんですか?」
「まだちゃんとまとめて渡してなかったからね。
旅の足しにしといて」
「とても助かります。
夕方ごろ、薬を買いに薬草屋へもう一度顔を出します」
「うん、分かったよ」
オウバとの挨拶も済ませたリリアは、夕方まで何をするかはもう決めていた。
ハーブ園からはそれほど離れていない場所、ミナモの外れまでネムと歩く。
「……よし。わたしは鍛錬するから、そこで待っててね」
ネムは離れた日陰から、リリアの様子を見ている。
夏の暑さのせいか、すぐ草の上に寝転がったあと前足を投げ出した。
横向きにだらりと伸び、まぶたがゆっくりと落ちてくる。
リリアは短剣を抜くと、左足を後ろへ引いた。
左肩を引いて半身になり、右手の刃先を正面へ向ける。
息を一つ吐くと、後ろ足で地面を蹴った。
一歩で間合いを詰め、胸の高さへ短剣を突き出す。
すぐに肘を引き、手首を返した。
刃先が左へ向いたあと、もう一歩踏み込み、左下から右上へ斜めに斬り上げる。
リリアは短剣を逆手に握り替えた。
腰をひねり、右腕を身体の前へ振り抜く。刃が左へまっすぐ走った。
その勢いを止めず、重心を右足へ預ける。
つま先を軸に身体を回すと、左脚が人の顔ほどの高さへ跳ね上がり、鋭い弧を描いた。
重なった裾が一拍遅れて翻る。
回転を終えた左足が音も無く着地した。
リリアは短剣を、鞘へ収める。
その途中で、ちらりと視界に入った白い毛玉は、だらしなく伸びた身体のまま、顔を草に埋めていた。
(……寝てる)
リリアはネムのそばへと近づき、近くに落ちている葉っぱをしゃがんで拾った。
それをふわふわしてる腹の上にそっと乗せる。
全然、起きなかった。
腹の上の葉っぱは、寝息に合わせてゆっくりと上下していた。




