#1 表裏の戦争
君は戦場のど真ん中で気絶していたんだよ、と。世間話の延長のように暴露された内容に、ルカは飲みかけていたお茶でむせた。もっともルカとしてはそれすら記憶にないので真実だと思うほかないのだが。
「それで、君の身元が分かるまでここに置いておくことになったんだ。私たちは政府の決定に逆らえないからね」
「へえ……」
一夜明け、ルカは改めてカウンセリングという名の事情聴取を受けている。拒否権はなかった。なんなら目の前の彼が部屋の前まで迎えに来たので逃げたくても逃げられなかった。
「私も今まで何人か記憶を失くした人を診たことがあるけれど、常識までまるっきり全部忘れてるのは君が初めてだ」
「医者なんですか。すごいなあ」
「ありがとう。今日はここで生活する上で必要な知識を伝えるからね」
彼はきっと頭が良くて、優しい人だろうとルカは思いを巡らせた。患者さんからも慕われているような雰囲気であることも、妄想に拍車をかけた。
それに比べて自分は、とルカは考える。
我ながら名前も、年齢も、故郷も、全てどこかへやってしまったどうしようもない人間だ。
しかし、この国の政府はこんな人間にも居場所をくれるというのだから、きちんと働かなければいけない。そう思って背筋を正す。
「この国は戦争をしているから、君には戦局の記録人になってほしいんだって。はいコレ正式な腕章だよ。政府が常に着けておいてって言ってたから忘れないでね」
「はい??」
おかしいな、物騒な単語が聞こえた。ルカは自分の耳を疑った。戦争?いったいどこの国と?名前を聞いたって分からないけれど。
「私たちが住む国は通称を『裏』というんだけど、魔法が発達した国なんだ。でも隣の国……私たちは『表』と呼んでいるんだけど……は機械が得意な国でね」
「はあ」
話が右から左に流れていく。余りにも顔に出ていたのだろう、不思議そうに顔を覗かれた。
「あれ、この辺は昨日〝女帝〟が説明したと聞いてたんだけど」
「聞いたような聞いてないような忘れたような」
そんな記憶があった気がしないでもない。一晩経っただけで忘れるなんて、いくら何でもポンコツ過ぎる。ルカは頭を抱えた。
「まあ、あの子は意外と大雑把な子だから。きっと重要なところだけ切り取ったんだろうね」
苦笑して目を逸らした彼は、仕切り直すように足を組み直す。
「こちらの政府は、近いうちに戦況が大きく動くだろうと言った。だから、私たちもなりふりかまっていられなくなるだろう」
私たち、ということは、彼も戦うのだろうか。物腰の柔らかい話し方からはとても想像できない。
「だから君にサポートをしてもらう必要があるんだ。分かってくれるかい」
「僕にできることなら」
「それは良かった」
彼は何やら書き込んでいた書類をしまい、机の上を片づけた。
「それじゃあ最後に、何か質問は?」
「最初から聞きたかったことがあって……」
「うん」
「あなたの名前を聞いてもいいですか?」
「……あれっ?」
言ってなかったっけ、と固まった彼に、ルカは聞いてないですと答えた。
「ごめんね、すっかり伝えた気になってた。申し訳ないんだけど、私は本名を気軽に口に出せなくてね。代わりにこう呼んでくれ」
「私は大罪人の〝法王〟だよ」
大罪人紹介
・コードネーム〝法王〟
性別:男性
罪状:希死念慮の幇助(オブラートに包んだ表現)
術解名:「無作為な施術」




