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魔の森の隠れ家カフェ ~元社畜の錬金術師、最強の素材で最高の一杯を淹れる~  作者: 藍沢エイジ


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第9話:会員証という名の神器(アーティファクト)と、黄金の卵かけご飯

「……夢では、なかった。あの体験は、現実だ」


王都にあるリカルド商会の地下倉庫。 リカルドは、震える手で一枚の薄いカードを握りしめていた。 それは3日前、あの魔境から生還した際に、タクミから手渡された『喫茶・止まり木 ポイントカード(仮)』だ。


リカルドの脳裏に、あの別れ際の衝撃的な光景が蘇る。


(3日前の回想)


商談(炭と米の交換)を終えたリカルドは、ふと我に返って青ざめた。 「し、しかしマスター殿……。私はどうやって帰れば? 外はSランク魔獣の巣窟。護衛もなしに一歩でも出れば、今度こそ骨も残りませんぞ……」


だが、タクミは「あ、そうですね」と軽く頷き、レジ横から一枚のカードを取り出した。


「じゃあ、これ渡しておきますね。当店オリジナルのポイントカードです」 「は、はぁ……?」 「これに『送迎機能』がついているので。帰りたければ、行き先を念じてください。ああ、また来る時もそれを使えば一瞬ですから」


タクミはまるで「駅まで車で送りますよ」くらいのテンションで言った。 リカルドは半信半疑のまま、カードを握りしめ「王都の店へ帰りたい」と念じた。


その瞬間だった。 世界が裏返ったような浮遊感と共に、視界が白く弾けた。


「うわぁぁぁッ!?」


次の瞬間、彼の足裏は冷たい石の床を踏みしめていた。 そこは、見慣れた商会の地下倉庫。 外の森の湿気も、死の気配も、一瞬にして消え失せていた。


「な……な、な……!?」


リカルドは腰を抜かした。 『空間転移テレポート』。 それは、大賢者ですら視界の範囲内が限界とされる、失われた古代魔法だ。 それを、数百キロメートルという距離を無視し、しかも魔力を持たない人間に「カード一枚」で行使させたというのか。


「……あの方は、やはり神だ。商売の神が、私を試していらっしゃるのだ……!」


(回想終了)


リカルドは、冷や汗を拭いながらカードを凝視した。 あの時、自分が体験した「神の御業」。 だからこそ、確信がある。このカードを使えば、再びあの「聖域」へ行けるという確信が。


「……行くぞ。神との契約を果たすために!」


リカルドは覚悟を決め、最高級の桐箱を抱えてカードに魔力を込めた。


「転移、開始!!」


視界がぐにゃりと歪む。 二度目の体験でも、心臓が止まりそうになるほどの魔力の奔流。


次の瞬間、鼻腔をくすぐったのは、倉庫の埃臭さではなく――あの芳醇なコーヒーのアロマだった。


「いらっしゃいませ。早かったですね」


目の前には、エプロン姿のタクミが微笑んでいた。 そこは、Sランク冒険者ですら到達不可能な『奈落の森』の最深部。 リカルドは、カードへの絶対的な信仰と共に、徒歩0秒での再来店に成功したのだ。


「はぁ……はぁ……! お、お待たせしました、マスター殿!」


リカルドは安堵と興奮で膝をつき、抱えていた巨大な桐箱を献上した。


「約束の品……持って参りました!!」 「これが、大陸東方の聖地でしか育たない幻の米『聖女の涙』、一俵!」 「そして、これが300年熟成させた『黒竜こくりゅう醤油』、一瓶!」


そして、リカルドは最も慎重に、最後の箱の蓋を開けた。 そこには、ソフトボールほどの大きさがあり、虹色の輝きを放つ卵が、綺麗に10個並べられていた。


「最後に……Sランク魔鳥『カイザー・チキン』が、一生に一度だけ産むという幻の秘宝『皇帝の卵』!! 現存する市場在庫の全てを、私の私財を投げ打って買い占めて参りました!!」


タクミは箱の中身に目を向けた。 自動的に発動する【絶対鑑定】が、その卵の情報を脳内に映し出す。


『名称:皇帝の卵。 Sランク食材。滋養強壮、魔力回路の永続拡張効果あり。市場価値:小国の城一つ分に相当』


タクミはそのとんでもない鑑定結果を見て、目を丸くした。


「うわぁ、すごい。鑑定してみたら『これ一個で城が建つ』なんて書いてありますけど……こんなに沢山、大丈夫でした?」


「ははは……(北の支店を売り払いましたが)……問題ありません! 神との契約に比べれば、安いものです!」


タクミにとっては「卵パックの成分表示を見た」程度の感覚だが、リカルドにとっては商会の存亡をかけた決死の仕入れである。


「よし、早速炊きましょう」


タクミは『聖女の涙』を、分子制御された『ミスリルの土鍋』に入れ、精霊の水で研ぎ始めた。 カマド(火力:火の精霊石)に火を入れる。


数十分後。


シュウウウウ……。


土鍋の蓋の穴から、真っ白な蒸気が一直線に立ち昇った。 その瞬間、店内に広がったのは、穀物の甘みを極限まで凝縮した、暴力的なまでに優しく、懐かしい香りだった。


「……炊けましたよ」


パカッ。


蓋が開けられた瞬間、リカルドは幻視した。 目の前に、黄金に輝く稲穂の海が広がり、天から女神が微笑んでいる光景を。 土鍋の中の米は、一粒一粒が宝石のように独立して立ち上がり、銀色の艶を纏って輝いている。


「さあ、まずはリカルドさん。苦労して持ってきてくれたお礼に、最初の一杯をどうぞ」


「よ、よろしいのですか……!?」


差し出されたのは、丼に盛られた銀シャリ。 その中央に、くぼみが作られている。 タクミはそこへ、貴重な『皇帝の卵』を惜しげもなく割り入れた。


トロリ……。


鮮やかなオレンジ色の黄身は、通常の卵の倍ほどの大きさがあり、濃厚なコクを目で訴えてくる。 そこへ、『黒竜醤油』をひと回し。 漆黒の雫が、熱々の米と卵に触れた瞬間、焦がし醤油のような香ばしさと、出汁の芳醇な香りが爆発した。


「よく混ぜて、かっこんでください」


リカルドは、震える手でスプーンを握り、全体を混ぜ合わせた。 白、金、黒が混ざり合い、至高のマーブル模様を描く。 彼はそれを、一気に口へと放り込んだ。


「――っ!!??」


ねっとりと濃厚な卵のコクが、舌全体に絡みつく。 それを醤油の鋭い塩気と旨味が引き締め、噛むたびに米粒が弾けて、爆発的な甘みを放出する。 これは飲み物ではない。旨味の奔流だ。 喉を通り過ぎた後も、鼻腔には穀物の甘い香りが残り、全身の細胞が「もっとくれ」と悲鳴を上げる。


「う……うぉぉぉぉん!!(美味すぎるぅぅぅ!!)」


リカルドは、大商人の威厳もかなぐり捨てて泣き叫んだ。 これまで食べてきた宮廷料理は何だったのか。 この単純にして究極の黄金体験(TKG)の前では、全ての美食が色褪せる。


「おかわり、ありますよ」 「いただきますぅぅぅ!!」


結局、リカルドは卵を3個消費し、三合の飯を平らげた。 残りの7個の卵は、タクミが「お代(在庫)」としてありがたく冷蔵庫(絶対保冷機能付き)へ収納した。 リカルドの身体は『皇帝の卵』と『聖女の涙』の相乗効果で内側から発光し、【商売神の加護(運気・交渉力カンスト)】が付与されていたが、本人は「なんか身体が軽いな」程度にしか思っていなかった。


「はい、これは約束の『炭』です」


帰り際、タクミはゴミ袋一杯分の『世界樹の炭』を持たせた。 リカルドはそれを、まるで我が子のように抱きしめた。


「ありがとうございます……! この御恩は、商会を挙げて必ずや……!」


「また何か珍しい食材があったら教えてくださいね。ポイントカード、スタンプ押しておきますから」


「ははーっ!! このカードは、我が家の家宝といたします!!」


リカルドは深く平伏し、再びカードを使って光となって消えた。 タクミはそれを見送りながら、満足げに呟いた。


「うん、やっぱり卵かけご飯は最高だな。これであと一週間は朝食に困らないぞ」

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